人生には予想外の展開がつきものだ。

 まさか自分が「蛇女」と呼ばれる人物の支配下に置かれることになるとは、想像すらしていなかった。

私はある男性と出会い、メキシコへ渡り、結婚するはずだった。

彼の母親について「普通ではない」と事前に聞かされていた。

しかし現地で暮らして初めて、近所の人々が彼女を「蛇女」と呼んでいることを知った。

 

私が住んでいたのは、メキシコの小さな村だった。

街に出るまで車で1時間近くかかる、のどかで静かな場所だ。

時折、近所のおじさんがロバに乗って通り過ぎ、誰もがゆっくりとした時間を過ごしていた。

 

すべては25年前のこと。その地域は、雨が降ると固定電話さえ通じなかった。

誰もが携帯電話を持つ現在とは違い、当時は限られた人しか持っていなかった。

 

親戚たちは家の内外にあふれていた。

誰が血縁で誰が近所の人なのか、境目が曖昧だった。

あいさつを交わすたびに「この人も家族?」と頭を悩ませた。

食事も来客も、常ににぎやかだったが、その分、私の行動も注目されやすく、気を抜けない日々が続いた。

 

しかしそんな環境の中、救いだったのが子どもたちだった。

無邪気に手をつないできたり、小さな手で私の髪をとかしてくれた少女。

少年たちとは草野球をやった。

子どもたちの笑顔は、監視の中にあって唯一、私に安らぎをくれた。

 

蛇女の正体。それは圧倒的な支配者だった。家族の誰も彼女に逆らえず、私も自由に外出することすら許されなかった。

「土地に慣れておらず、習慣を知らない私が外で問題を起こしたら困る」という彼女の完璧主義的な気遣いーーという名の監視のもと、私は日々見張られる身となった。

 

そんな生活が耐えられるはずもない。 夜8時以降の外出が異常とされる環境の中、その日、私は決行した。玄関先のポーチには蛇女と、遊びに来ていた長男の妻がくつろいでいた。

正面突破は無理。

裏道を選んだ。

 

庭の高いフェンスを乗り越える必要があった。

近くには犬がいた。幸い、彼は一度も吠えず、ただじっと私を見送った。 表に出た瞬間、開放感に包まれた。

 

「これが普通の世界」と実感した。

 

数ヶ月も経たないうちに、静かな決意が生まれた。「逃げるしかない」

 

逃亡計画は単純だった。

門を突破し、タクシーで街へ。ホテルで一泊した後、航空券を入手。

ロサンゼルスへ飛ぶ。完璧な作戦のはずだった。

だが、現実はそう単純ではなかった。

 

最初の問題は出口だった。

キッチンに置かれた複数の鍵。

どれが門を開けるのか把握する必要があった。

大通りまでの道は舗装されておらず、約20kgのスーツケースを引きずるように運んだ。

寝静まった深夜、近所の犬たちが騒ぎ出し、私はやぶれかぶれになって一気に駆け抜けた。

 

大通りに出たところで、近所の女性と遭遇した。

彼女はいつも私の味方だった。

買い物に行く時や、時に娘を私に近づけ、窮屈な環境から私を外へ連れ出してくれていた。

彼女にだけはお礼を伝えてから出発するつもりだった。

 

深夜営業の小さなレストランを営む彼女は、私の顔を見るなり「うちに泊まりなさい」と言った。

計画を変更し、しばらくの間、彼女の親戚の家でお世話になることにした。こうして一時の平穏を手に入れた。

 

逃亡の高揚感が薄れた頃、意外な思いが湧き上がった。「彼に会いたい」

 

逃げるように別れるつもりだったのに、もう一度話をしようと決意した。

仲介者のご近所さんの計らいで、彼とレストランで再会した。彼は予想外に冷静だった。

「誰も君を責めない。一度、家に戻りなさい」私はその言葉に安堵した。

 

その後、堂々と彼の家に戻った。

唯一、私を温かく見守ってくれていたのはお手伝いさんだった。

彼女の優しさは今でも鮮明に残っている。

 

そして、蛇女の最終命令。

 

あんな騒動を起こした私に、彼女はある権利を与えた。

彼と別れた後も、私だけがその家に出入りしていいというものだった。

なぜなら、彼を通して家族がその家に迎え入れた最初の女が私だからだという。

 

なんという戯言か。そんな特権、いらない。

 

この出来事は暗い記憶ではない。

最高と最低が同時に訪れた、人生の醍醐味のようなものだ。

今振り返れば、危機一髪の状況だったはずなのに、笑みがこぼれる。