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本投稿は、スポーツナビファンブログで連載している
● 高校サッカー小説「9人サッカー」 ●
の一部です
※諸事情によりスポーツナビファンブログで掲載できないため
ここでの掲載としています。
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第38節 決闘②
「おいおい、ちょっと待てよ。さっきから聞いてりゃ、ふたりにしたかわからねえ言葉で話しやがってよ。悪いけど、俺たちもこいつにかまってる暇ねえんだよ」
痺れを切らした大祐が言い放った。
「だから勝負よ。サッカー部と彼の。勝負をして彼が負けたらサッカー部に入ってサッカーをするの」
「はあ? なにそれ。そんな話おれたち聞いてねえぞ」
「だからいま言ってるんじゃない」
「いまって、おまえな……」
「なによ、なんか問題でもある? いいじゃない、関係者全員ここにいるんだから。なにぐちぐち言ってるの、男のくせに」
ゆかりが一気にまくし立てた。その迫力に大祐が黙りこくった。
「じゃあ決まりね。勝負よ。サッカー部が勝ったら彼はサッカー部に入る」
「でももし、不二崎君が勝ったらどうなるの?」
裕也が尋ねた。確かにそうだ。あれだけの拒否反応を見せていた不二崎君がどうしてここまでついてきたのか。この勝負に乗らなければならない理由は彼にはないはずだ。にもかかわらずここまでついてきたということは、彼が勝った場合それ相応の見返りがあるということだ。「約束」という言葉が耳の奥に蘇る。
「それは……」
それまで抜群の切れ味を見せていたゆかりの歯切れが突然悪くなった。気持ちの悪い感覚が背筋を駆け上がってくる。
「俺が勝ったら、俺のオンナになるんだよな」
背筋を駆け上がってきた得体の知れないものが肩甲骨の間で直角に向きを変え、後ろから心臓を一直線に貫いてきた。
「えーっ!」
裕也が素っ頓狂な叫び声を上げた。不二崎がうつむくゆかりを一瞥する。頭から足に上下に動いた視線には、先ほどと同じく怪しい光が宿っていた。
「なあ、そうだよな? 約束は守るんだよな」
「そうよ。あんたが勝ったら、好きにしていいわよ」
好きにしていい――。
その言葉に、体中の穴という穴から力が垂れ出ていった。好きにしていいってどういうことだ? 好きにしていいってなにをどうされるんだ? ゆかりが不二崎君の好きなようにされる。それってやっぱりあんなことやこんなこととかそういうことなのか……。脳みそが溶けて流れ出しそうだった。膝の感覚がどんどんなくなっていく。
「で、誰が相手になってくれるんだ」
透の思いなど露ほども知らない不二崎が尋ねた。
「見たところでは、おまえが一番だな」
その目は司を捉えていた。
透は心の中で祈らんばかりに叫んだ。そうだ、司だ。僕たちには司がいる。いや、司しかいない。この大事な場面を任せられるのは司しかいない。頼むぞ、司。絶対に勝ってくれ。司ならできる。いや、司にしかできない。ゆかりのために。いや、僕のために。司、司、司……。
しかし、ありったけの心の叫びも司には届かなかった。
「俺はいいや」
頭が破裂しそうだった。え、なんで。司、どうして。なんでそんなこと言うんだよ。うそだろ。うそだろ、司。俺がやるって言ってくれ。内なる声はついぞ言葉として口から出てこなかった。めまいがする。前後左右、どちらが上で下かもわからなくなってきた。
「透、おまえがやれよ」
司の言葉に、奈落の底に落ちていきそうな意識が乱暴に引っ張り上げられた。フリーズ寸前の思考回路が遅れて作動する。えっ、僕が?
「そもそも彼女が連れてきたのだって、透が言ったのを聞いたからだろ。だったら透がやるのが筋ってもんだろ」
それもそうだ、などと思うわけがなかった。喉の奥から搾り出すように声を出した。
「でも司が一番じゃないか、俺たちの中で。そんなの誰だって知ってるよ」
司の腰にすがりつきたいぐらいだった。司がまじまじと見つめてくる。
「でも俺さ、さっきの練習で足捻ったみたいでさ。ちょっと今日は動けそうにないんだよ、ほら」
司が右足を浮かせた。足先は力なく下がっているが、足首が腫れているようには見えない。
「だからさ、透がやれよ。大丈夫、相手は体もなまっているはずだし」
「でも、彼、選手権に出てるんだよ」
「でも、1回戦負けだろ」
不二崎が靴底を小さく踏み鳴らした。
「いいのかよ、本当にこいつで」
「いいの、いいの、問題ない」
不二崎の挑発に司は片手を振って応えた。
「それよかあんまりなめねえほうがいいと思うぜ、サッカーを。あと透もな。甘く見てると足元すくわれるぜ、選手権経験者さんよ」
「まあ、いいや。どいつが相手でも俺の勝ちは変わらねえからな。明日から、こいつは俺のオンナだ」
不二崎がゆかりの肩を抱こうとした。その手をゆかりが跳ね除ける。あっかんべえをした。
「じゃあ決まりだ。スタートは5分後でいいか。アップくらいしろよ。あとスパイクも貸してやる。サイズいくつだ?」
「6・5」
「友則、わるい。部室に転がってると思うからちょっと見てきてくれないか」
「は、はい」
友則が足早に駆けていった。友則のスパイクが土をえぐる鋭い音が、体の内側に響く鼓動をさらに加速させた。
第39節 連敗①へ
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高校サッカー小説「9人サッカー」 第12節 宣戦布告②
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「なぜ、うちとの試合の後にだけ、選手にダッシュをさせたんですか」
熊田が色の悪い唇の端を歪めた。
「ああ、あれですか。妙案だったと思いませんか」
「どちらに転んでも高城の選手はダッシュをしなければならなかった」
進藤は熊田を睨みつけた。不思議と心に怖れはなかった。
「そのとおりですよ」
熊田は平然と答えた。
「時間を無駄にしないために、どう有効活用していくかを考える。それは監督の役目ですからね」
無駄、という言葉が進藤の脳裏にこだました。
「そのためだったら、うちの選手のことはどうでもいいと」
「それを考えるのは私の役目ではないでしょう。学校とそして監督であるあんただ。相手高校の選手が悲しむから試合で勝つななんて生徒に言えますか」
「だからって、あんな個人プレーに走らせてもいいってことにはならない。あんなのはサッカーとは呼べない」
進藤は熊田とずっと目を合わせたままだった。後頭部の奥が麻痺してきた。
「空見にはちょうどいいんじゃないですか。指導者の情熱を平気で無視するような学校なんですから。あの子は高校時代からサッカーと真剣に向き合っていた。このまま順調に行けばいい指導者になれる。それを空見は足蹴にした。それはサッカーに対する冒涜だと私は思いますがね」
進藤は初対面の熊田が自分に対して挑発的な態度を取った理由に気づいた。部員を引き連れて転校した前々監督は熊田の教え子だったのだ。
「それでも残っている生徒に責任はありません」
「だから何度も言っているように、それを考えるのは私ではない。話を聞いていますか、進藤先生」
一転して生徒を諭すような口ぶりに苛立ちを覚えた。
「あんたなんか認めない」
後頭部の麻痺はどんどん広がっている。
「おやおや、ずいぶんと乱暴な言葉遣いだ」
「自分のマスターベーションのために他人を平気で踏みにじるような奴の何が監督だ。あんたには負けない」
熊田の顔が紅潮した。
「素人に何ができる」
低く太い声だった。
「それでもやってみなきゃわからない。それがサッカーだ」
しばしにらみ合った。ただならぬ雰囲気に気づいた野球部も動きを止めていた。グラウンド全体が静まり返っている。校舎の窓からも生徒が顔を出している。
「いいでしょう。ただし、そこまで言うからにはそれなりの覚悟があるんでしょうな」
熊田は進藤と目を合わせたまま右手をもち上げると、小さく手招きした。「集合!」。かけ声とともに部員全員が熊田の背後に一糸乱れず整列した。全員で100人近い。進藤は息を呑んだ。
「よく聞け。空見の進藤監督がおまえらに話があるそうだ」
事態を呑み込めていない無数の目を前にして心が怯んだ。
「どうしました、さっきの威勢は」
何も言えずにいる進藤を見続けたまま熊田が口を開いた。
「空見の監督はうちを倒すと言っている。そうですな」
鋭い眼が目の奥を容赦なく覗き込んでくる。
「進藤監督はそれを言うために、わざわざこうしておまえらの練習を中断させに来たそうだ」
違う、そんなつもりじゃないと思いながら言葉が出てこなかった。状況だけを見ればそのとおりだった。最前列にいる部員のこめかみから一筋の汗が流れ落ちた。
「キャプテン」
熊田が呼ぶとその部員が一歩前に歩み出た。
「お前はどう思う」
「はい。僕たちの目標はただひとつ、全国制覇です」
そう言うとキャプテンは元の場所に戻った。
「よし練習に戻れ」
「はい」と声を揃えると部員たちはグラウンドに散っていった。方々から声が飛び交い、ボールを蹴る音が聞こえてきた。
「そういうことです。わかっていただけましたか。空見なんぞはなから眼中にはないんですよ」
周りに誰もいなくなった。熊田が顔を近づけてきた。
「でも、やるからには徹底的にやりますよ。サッカー部も、そしてあんたも二度と立ち上がれないようにね。腐ったみかんはなんとやらと言うでしょう。どうか途中で逃げんでくださいよ」
熊田は不敵な笑みを浮かべていた。
「上等だ」
進藤は真正面からその目を受け止めた。
第13節 目標①へ
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高校サッカー小説「9人サッカー」 第12節 宣戦布告②
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「なぜ、うちとの試合の後にだけ、選手にダッシュをさせたんですか」
熊田が色の悪い唇の端を歪めた。
「ああ、あれですか。妙案だったと思いませんか」
「どちらに転んでも高城の選手はダッシュをしなければならなかった」
進藤は熊田を睨みつけた。不思議と心に怖れはなかった。
「そのとおりですよ」
熊田は平然と答えた。
「時間を無駄にしないために、どう有効活用していくかを考える。それは監督の役目ですからね」
無駄、という言葉が進藤の脳裏にこだました。
「そのためだったら、うちの選手のことはどうでもいいと」
「それを考えるのは私の役目ではないでしょう。学校とそして監督であるあんただ。相手高校の選手が悲しむから試合で勝つななんて生徒に言えますか」
「だからって、あんな個人プレーに走らせてもいいってことにはならない。あんなのはサッカーとは呼べない」
進藤は熊田とずっと目を合わせたままだった。後頭部の奥が麻痺してきた。
「空見にはちょうどいいんじゃないですか。指導者の情熱を平気で無視するような学校なんですから。あの子は高校時代からサッカーと真剣に向き合っていた。このまま順調に行けばいい指導者になれる。それを空見は足蹴にした。それはサッカーに対する冒涜だと私は思いますがね」
進藤は初対面の熊田が自分に対して挑発的な態度を取った理由に気づいた。部員を引き連れて転校した前々監督は熊田の教え子だったのだ。
「それでも残っている生徒に責任はありません」
「だから何度も言っているように、それを考えるのは私ではない。話を聞いていますか、進藤先生」
一転して生徒を諭すような口ぶりに苛立ちを覚えた。
「あんたなんか認めない」
後頭部の麻痺はどんどん広がっている。
「おやおや、ずいぶんと乱暴な言葉遣いだ」
「自分のマスターベーションのために他人を平気で踏みにじるような奴の何が監督だ。あんたには負けない」
熊田の顔が紅潮した。
「素人に何ができる」
低く太い声だった。
「それでもやってみなきゃわからない。それがサッカーだ」
しばしにらみ合った。ただならぬ雰囲気に気づいた野球部も動きを止めていた。グラウンド全体が静まり返っている。校舎の窓からも生徒が顔を出している。
「いいでしょう。ただし、そこまで言うからにはそれなりの覚悟があるんでしょうな」
熊田は進藤と目を合わせたまま右手をもち上げると、小さく手招きした。「集合!」。かけ声とともに部員全員が熊田の背後に一糸乱れず整列した。全員で100人近い。進藤は息を呑んだ。
「よく聞け。空見の進藤監督がおまえらに話があるそうだ」
事態を呑み込めていない無数の目を前にして心が怯んだ。
「どうしました、さっきの威勢は」
何も言えずにいる進藤を見続けたまま熊田が口を開いた。
「空見の監督はうちを倒すと言っている。そうですな」
鋭い眼が目の奥を容赦なく覗き込んでくる。
「進藤監督はそれを言うために、わざわざこうしておまえらの練習を中断させに来たそうだ」
違う、そんなつもりじゃないと思いながら言葉が出てこなかった。状況だけを見ればそのとおりだった。最前列にいる部員のこめかみから一筋の汗が流れ落ちた。
「キャプテン」
熊田が呼ぶとその部員が一歩前に歩み出た。
「お前はどう思う」
「はい。僕たちの目標はただひとつ、全国制覇です」
そう言うとキャプテンは元の場所に戻った。
「よし練習に戻れ」
「はい」と声を揃えると部員たちはグラウンドに散っていった。方々から声が飛び交い、ボールを蹴る音が聞こえてきた。
「そういうことです。わかっていただけましたか。空見なんぞはなから眼中にはないんですよ」
周りに誰もいなくなった。熊田が顔を近づけてきた。
「でも、やるからには徹底的にやりますよ。サッカー部も、そしてあんたも二度と立ち上がれないようにね。腐ったみかんはなんとやらと言うでしょう。どうか途中で逃げんでくださいよ」
熊田は不敵な笑みを浮かべていた。
「上等だ」
進藤は真正面からその目を受け止めた。
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部室の雰囲気は最悪だった。
誰も何も話をしようとはしなかった。
隆が裕也にちょっかいを出すこともない。普段は元気な裕也も電池が切れたおもちゃのようになっている。
功治と友則は入口のそばで体育座りをしていた。陸と海は天井を見上げ、大祐は逆にうなだれていた。
夕闇に包まれた日曜日の学校は静かだった。吹奏楽部の部員が居残り練習をしているのか、校舎からはトランペットの音だけが聞こえてきていた。
どれほど時間が流れたのかわからなかった。誰もが押し黙ったままだった。
誰かが階段を昇ってくる足音が聞こえた。透は顔を上げてドアを見上げた。足音が部室の前で止まる。ドアが開いた。
「みんな、いたのか」
声の主は進藤だった。
「先生こそ、どうしたんですか」
透の声が部室に広がった。
「いや、なんとなく。なんかいてもたってもいられなくなって。それで学校に来てみたら部室に電気がついていたから」
「そうですか」
「あの、その、今日はそのあれだ。みんな、とにかくお疲れさん」
「何しに来た」
緩みそうだった空気を握りつぶすように司が言った。地の底から這いのぼってきたような凄みがあった。
「何しに来たって聞いてるんだよ」
「司っ!」
透が割って入ったが、司は聞こえていないかのように進藤を見据えたままだった。
「帰れ。あんたには関係ない」
「関係ないって、これでも俺は一応監督・・・・・・」
その言葉に司が感情を爆発させた。
「なにが監督だ? ふざけんなよ。あんたのなにがどう監督なんだ」
部室が静まり返った。トランペットの音は消えていた。
「すまなかった。高城高校との試合では俺がいないばっかりに」
「あんたがいても一緒だよ。熊田の申し出を断ることができたのかよ、あんたに」
「それは・・・・・・」
進藤が言葉に詰まった。司が畳み掛ける。
「佐波南との試合で誰が左サイドバックだったか言ってみろ。ボランチが誰だったか言ってみろ」
進藤は黙ったままだった。
「それみろ。俺たちのこと、何も見ちゃいない」
司の声は打って変わって力なく、消え入りそうだった。
何か言わなければならないと透は思った。このままではチームが消えてなくなってしまうように感じた。
監督に頼れない対外試合は今回が初めての経験だった。
惨敗の理由がそれだけでなかったことはわかっている。でも雰囲気に呑まれた。試合までの手順はわかっていたが、試合に臨むための準備はまったくできていなかった。
1試合目の佐波南との試合を終え、チームはいよいよ浮き足立った。力関係では大島高校よりも佐波南の方が上なのに9失点もした。チームは混乱の坂を瞬く間に転げ落ちていった。
司はよくやってくれている。でもそれも限界だった。代わりに自分たちが分担してやらなければいけないことはわかっていたのに、どうしても司に頼ってしまっていた。
ハーフタイム中に相手チームのテントを見た。そこでは監督が選手に指示を与えていた。佐波南の小林先生は語りかけるような話し方で、大島高校の四宮先生と高城高校の熊田先生は怒鳴り散らすような話し方だった。
うらやましかった。どんな言い方をしていても真剣に自分たちのことを見ていてくれる存在がいることに。
高城高校との試合ではふたりの選手が入ってきた。でもふたりはポジションを確認するどころかひと言も話そうとはしなかった。ボールを持てば強引なプレーに走った。こっちがフリーでいてもパスを出してくれない。それでいてこちらのパスが少しでもずれると舌打ちされた。
そのうち誰も声を出さなくなった。チームの士気が落ちていくのが手に取るようにわかった。自分の気持ちが萎えていくのも。もうどうすることもできなかった。やがて失点しても何も感じなくなった。
視界が滲んできた。自分の情けなさとこのままチームがなくなってしまうんじゃないかという怖さに。もうサッカーはできないかもしれない。
「ひとつ、教えて欲しいことがある」
進藤が、居丈高ではないが毅然と言った。
「高城高校との試合後、なぜ泣いてたんだ」
「泣いてなんかねえよ」
司の言葉を進藤は無視した。
「理由を知りたい」
「おまえなんかにわかるわけ・・・・・・」
「だから教えてほしいと言っているんだ」
進藤がこれまでにない強い口調で言った。
第9節 波②へ
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部室の雰囲気は最悪だった。
誰も何も話をしようとはしなかった。
隆が裕也にちょっかいを出すこともない。普段は元気な裕也も電池が切れたおもちゃのようになっている。
功治と友則は入口のそばで体育座りをしていた。陸と海は天井を見上げ、大祐は逆にうなだれていた。
夕闇に包まれた日曜日の学校は静かだった。吹奏楽部の部員が居残り練習をしているのか、校舎からはトランペットの音だけが聞こえてきていた。
どれほど時間が流れたのかわからなかった。誰もが押し黙ったままだった。
誰かが階段を昇ってくる足音が聞こえた。透は顔を上げてドアを見上げた。足音が部室の前で止まる。ドアが開いた。
「みんな、いたのか」
声の主は進藤だった。
「先生こそ、どうしたんですか」
透の声が部室に広がった。
「いや、なんとなく。なんかいてもたってもいられなくなって。それで学校に来てみたら部室に電気がついていたから」
「そうですか」
「あの、その、今日はそのあれだ。みんな、とにかくお疲れさん」
「何しに来た」
緩みそうだった空気を握りつぶすように司が言った。地の底から這いのぼってきたような凄みがあった。
「何しに来たって聞いてるんだよ」
「司っ!」
透が割って入ったが、司は聞こえていないかのように進藤を見据えたままだった。
「帰れ。あんたには関係ない」
「関係ないって、これでも俺は一応監督・・・・・・」
その言葉に司が感情を爆発させた。
「なにが監督だ? ふざけんなよ。あんたのなにがどう監督なんだ」
部室が静まり返った。トランペットの音は消えていた。
「すまなかった。高城高校との試合では俺がいないばっかりに」
「あんたがいても一緒だよ。熊田の申し出を断ることができたのかよ、あんたに」
「それは・・・・・・」
進藤が言葉に詰まった。司が畳み掛ける。
「佐波南との試合で誰が左サイドバックだったか言ってみろ。ボランチが誰だったか言ってみろ」
進藤は黙ったままだった。
「それみろ。俺たちのこと、何も見ちゃいない」
司の声は打って変わって力なく、消え入りそうだった。
何か言わなければならないと透は思った。このままではチームが消えてなくなってしまうように感じた。
監督に頼れない対外試合は今回が初めての経験だった。
惨敗の理由がそれだけでなかったことはわかっている。でも雰囲気に呑まれた。試合までの手順はわかっていたが、試合に臨むための準備はまったくできていなかった。
1試合目の佐波南との試合を終え、チームはいよいよ浮き足立った。力関係では大島高校よりも佐波南の方が上なのに9失点もした。チームは混乱の坂を瞬く間に転げ落ちていった。
司はよくやってくれている。でもそれも限界だった。代わりに自分たちが分担してやらなければいけないことはわかっていたのに、どうしても司に頼ってしまっていた。
ハーフタイム中に相手チームのテントを見た。そこでは監督が選手に指示を与えていた。佐波南の小林先生は語りかけるような話し方で、大島高校の四宮先生と高城高校の熊田先生は怒鳴り散らすような話し方だった。
うらやましかった。どんな言い方をしていても真剣に自分たちのことを見ていてくれる存在がいることに。
高城高校との試合ではふたりの選手が入ってきた。でもふたりはポジションを確認するどころかひと言も話そうとはしなかった。ボールを持てば強引なプレーに走った。こっちがフリーでいてもパスを出してくれない。それでいてこちらのパスが少しでもずれると舌打ちされた。
そのうち誰も声を出さなくなった。チームの士気が落ちていくのが手に取るようにわかった。自分の気持ちが萎えていくのも。もうどうすることもできなかった。やがて失点しても何も感じなくなった。
視界が滲んできた。自分の情けなさとこのままチームがなくなってしまうんじゃないかという怖さに。もうサッカーはできないかもしれない。
「ひとつ、教えて欲しいことがある」
進藤が、居丈高ではないが毅然と言った。
「高城高校との試合後、なぜ泣いてたんだ」
「泣いてなんかねえよ」
司の言葉を進藤は無視した。
「理由を知りたい」
「おまえなんかにわかるわけ・・・・・・」
「だから教えてほしいと言っているんだ」
進藤がこれまでにない強い口調で言った。
第9節 波②へ
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●高校サッカー小説「9人サッカー」●はスポーツナビファンブログにて掲載中です。
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