●高校サッカー小説「9人サッカー」●第60節 仲間① | 五味幹男のアジアときどきフットボール

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 前半終了のホイッスルを聞くと、透はその場に立ち尽くした。長くもあり、短くもあり、まるで時間感覚が失われていた35分間だった。スパイクの底から伝わる感覚は確かにあったが自分のものではないようだった。左の上腕を締め付ける力だけがやけに際立って感じられる。

 「さあ、いこうぜ」
 司が通り過ぎざまに肩を叩いてきた。その声に引っ張られるように司の背中を追いながらベンチに戻った。
 「なんだよ、あの審判。金もらってんじゃねえのか」
 「こら、そういうことを言うんじゃない」
 ベンチに戻ると大祐を進藤がたしなめているところだった。

 「先生、ありがとうございました。助かりました」
 司が進藤に頭を下げた。司がファウルを取られたとき進藤が誰よりも早く相手のファウルだと暗にアピールしたことを指して言っているのは透にもわかった。

 進藤は司に小さくうなずくと全員を見回した。
 「いいぞ、いいぞ。このままいこう。終わり間際の感覚を忘れるな。だいぶいい感じになっているぞ」
 進藤が切り替えるように手を叩いた。

 部員たちはベンチ前を取り囲むようにそれぞれが後半に向けた準備を進めていた。大祐はスパイクを脱いだ両足を投げ出して両手で太ももをさすっている。隆と裕也はコップを片手に話している。陸と友則が海の手振りにうなずきながら、3人で額を突き合わせている。

 「なかなか様になってるじゃんか」
 顔を向けると司が人差し指でキャプテンマークをつついてきた。心臓が締め付けられ、顔がこわばるのがわかった。
 「そんなかたくなるなって。そんなのただの目印のようなもんなんだから。いままで通りでいいんだって」
 司のあまりの軽い口ぶりに、そんな無責任なと思ったが言葉にならなかった。
 「そうそう。俺たちだって透にこれまでと違うことを求めようなんてこれっぽっちも思っていなし」
 大祐が柔軟体操をしながら笑顔で言った。
 「いや・・・・・・」
 言いながら、透は自分があまり期待されていないことを残念がっているのに気づいた。
 「あれ、もしかしてがっかりした」
 裕也が勘ぐるような笑顔で顔を覗き込んできた。
 「そんなんじゃないよ」
 透は慌てて両手で顔を擦った。
 「わかりやすいな、透は」
 その様を見て、陸が乾いた笑い声を発した。

 「いいんだよ。だってそもそも司のわがままなんだから」
 隆が突き放すように言った。
 「おいおい、ちょっと待てよ。俺のわがままって、それだけじゃないだろう。第一、俺がキャプテンになったのだってちゃんと決めたわけじゃないし、なんとなく流れでって感じだったじゃないか」
 「そうだっけ?」
 隆が隣の裕也にとぼけた口調で聞いた。
 「うーん、記憶にございません」
 裕也がバカ丁寧なお辞儀をした。
 「おまえらなー」
 司が足を踏み出すと裕也と隆があとずさった。ベンチが笑いに包まれる。

 司がこちらを向いた。
 「つまりあれだ、俺は仮だったということだ。よくあるだろテレビ番組なんかで、カッコ仮っていうやつ。俺がしていたのは正式なキャプテンを決めるまでのつなぎであって、それが延び延びになってようやくこのあいだ決まったと、そういうわけだ。なあ、みんな」

 司がみんなを見回した。つられて透もみんなを見回した。

 誰もがなにも言わなかった。透はゆっくりとみんなを見回した。そのすべての目が「俺たちが選んだキャプテンはおまえだ」と言っているように感じた。遠くでは蝉が絶え間のない鳴き声を聞かせている。

 「そろそろ準備しようか」
 進藤が腕時計を見ながら言った。
 「よっしゃ」
 大祐が威勢よく立ち上がって、尻を手で払った。
 「准、これ、交代用紙だ」
 准は進藤から紙を受け取ると運営のテントの方に歩いていった。

 透はベンチの端に座っている功治に近寄っていった。功治のスパイクの紐は固く結ばれたままだった。手に持っているコップの中身は半分も減っていない。

 「じゃあ、行ってくるよ」
 うつむいていた功治がゆっくり顔を上げた。
 「はい、お願いします」

 透は返事を聞くと間をおかず踵を返した。功治のためにも必ず勝って帰ってくる。

 後半開始を告げるホイッスルが鳴った。

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