興味あるかたは、読んでくださいねぇぇ
全国統一が間近だった織田信長が絶対的に信頼を寄せていた家臣、明智光秀の襲撃を受けた本能寺
の変も今でいうサラリーマンの出勤時までには片が付いたと思われ、光秀は焼け落ちた本能寺の中か
ら信長の遺体の捜索を命じる![]()
だが、探しても信長の遺体は見つからない
「もしかして信長は逃げ出したのか…」
焦る光秀軍は
洛中の住宅に一軒一軒入り込んで、家捜しをする慌てぶりだったという![]()
実は、織田家と深い親交のある阿弥陀寺の清玉(せいぎょく)上人が、本能寺のことを聞きつけると現
場に向かい、信長の遺体を持ち帰ったというのだ![]()
この話は阿弥陀寺の記録に残っている
もう少し詳しく述べると、次のようになる![]()
上人は20人ほどの僧を連れて本能寺と二条御新造に向かう
本能寺では表門から入ることができ
ず裏門から入ると信長の遺体を側近が焼く場面に出くわす
そこで頼み込んで遺骨を引き取ると衣に
包み、混乱に紛れて阿弥陀寺に運んだという![]()
しかし、明智軍が必死で信長の遺体を捜索している最中に清玉上人が遺骨を引き取ったというのは、
どこまで信用できる話か疑問が残る![]()
