父の日、そしてmy history
ありがとう
なんて言えるほどまだ大人ではありません。
父の日のプレゼントに、そうメモを書き部屋に置いといた。
親父とは顔を合わせるたびに喧嘩ばかりしている。
それは去年の夏からだった。
俺は親父に内緒で株式投資を始めた。
その頃から自分の道に関する考えが変わってきたのである。
両親は共に放任主義だった。
いまだに俺は三日に一回しか家に帰ってこないと思っている。
昔から両親は、勉強しなさいとか良い大学に入りなさいとか
そんなことはほとんど言わなかった。
何も言われずに俺は良い大学に行くと決めて、受験を頑張った。
両親は俺に何も言わなかったが
俺がいないところで両親の話し声が聞こえた。
そんな受かるはずもないところ受けてどうするんだろうか。
意味ないだろ。
受験料も馬鹿にならない。
今までにないほど俺はキレた。
当然である。
高1の時から早稲田と決めて頑張ってきた。
それが受験の直前になって、
それだ。
おれはその年の受験は失敗した。
一個は受かってたが、
浪人を決意。
あれを聞いてから両親と暮らすということがほんとに嫌になった。
反抗期もあっただろう。
祖父のアパートをただでかしてもらい
浪人生活をスタートさせた。
浪人生活ではこれまでないくらいの頑張りを見せた。
見てくれる人は誰もいなかったが。
やりすぎでストレスから金属アレルギーにかかったりもした。
そんなこんなで、受験の季節。
まずは、明治に合格。
そして四年間思い続けた早稲田受験。
受験当日俺の乗った電車の一個前の電車が人身事故。
電車は動かず、満員電車の中で必死に電話をかけた。
試験時間は遅れるんですよね?
分かりました。また連絡します。
試験時間は遅れますか?
試験時間は…
試験時間は…
何度もかけた。
結局受けられなかった。
それから一週間家から出なかった。
そこで初めて両親が俺に助言をしてくれた。
明治でも十分じゃない。
○○家始まって以来の高学歴だよ。
ちゃんと大学を卒業していいところに就職して良い家庭を築けば
それでいいじゃない。
俺は納得がいかなかったが
それを信じて明治に入学した。
明治に入ってからはまた頑張った。
少しでも良い仕事が出来るように。
だが俺は途中で気がついた。
これは俺が望んでるものではないと。
長くなってしまったのでこの先は次にします。
この先は今の俺の考えを書いていくことになります。
それについて、何か意見があれば
よろしくお願いします。