美しい生き方と死に方。
村上春樹の小説にこの言葉をよく見かける。
生き方よりも死に方の方が人生では重要なのかもしれない。
人はいつかは死ぬ。
そんなことは分かりきっている。
ただどうせ死ぬなら美しい死に方がいいよね。
どう死ぬかを考えるのはどう生きるかを考えることと何が違うのだろう。
美しい死に方は暖かいもの。
冷たいアスファルトの上や孤独や寂しさの上では得られない。
美しく生きたかどうかは死ぬときに初めて分かるのかな。
「私が死んでも、いっときは悲しむ人がいても、いつかはみんな忘れる。
生きてる人間は忙しいから。」
誰かが死んだら誰かが悲しむ。
だけどずっとその悲しみから離れられなかったら、それは苦しみになる。
忘れてくれた方がいいのかもしれない。
事故で死んだり、誰かに殺されたり、自殺したり、
生き残った人は、悲しみつづけ、憎しみつづけ、
その人の人生のベクトルを捻じ曲げてしまう。
忘れられないような死に方は美しくない。
美しい死に方は忘れてもらえるようなもの。
ある人が死に、ある人が悲しみ、そして彼の死を克服し、
またいつか思い出す。
彼の死を。
彼の死が美しいものならば、きっとまた新しい人生を踏み出せる。
そんな死に方が良いよね。