「うれしい気持ちと畏怖がないまぜになっています」
記憶に新しい、朝吹真理子氏。
生粋の文学一家。
出版3作目で芥川賞を受賞した、
文学界にとってもアイドルの出現は嬉しい限りだろう。
アイドルという言葉も語弊があるかもしれない。
彼女が私の文章を見たら鼻で笑うだろう。
そんな彼女のインタビュー後。
アナウンサーやタレント、リポーターがこぞって、
「ないまぜ」と口にするようになった。
歌舞伎の世界では良く使われていたようだが、
元々は「ないまぜ」なんて5年に一度聞くか、
見るかくらいの頻度だったはず。
※私の周りではね。
10年ほど前、「綯い交ぜ」の読みも意味もわからず調べた記憶があった。
なので、「ないまぜ」が何となく頭の片隅にあった。
あのインタビュー後、あるリポーターが言った。
「暑いのと涼しいのがないまぜ・・・」
私はもう苦笑いだ。
言葉づかいをどうこう言える立場ではないが、
間違いなく、あのインタビュー後に「ないまぜ」頻度がグンと上がった。
何かしらのきっかけで忘れかけられていたものが、
クローズアップされる事がある。
きっかけはどこにでも転がっている。
それを拾うか捨てるかで状態が一転。
大袈裟なようだが人生ってそういうもんだ。
人は運が悪いとか良いとかで一喜一憂するのだか、
運、不運なんて実は大して関係ない。
結局努力しても努力しないでもなるようにしかならない。
じゃあ努力しないで生きた方が楽か?
そう問われる。
答えは否。
努力して生きる方が楽な場合もたくさんある。
そう言うものだ。
言ってる事に何の説得力も無いし、
矛盾もあるが、それが人生。
そう思えば、全てをないまぜにできる。
私はそう思っている。
どうやら、暑さにやられている。
33度の熊本市内。
バイクでガソリンを入れに行く。
それは私にとって努力そのものである。
しかしガス欠ほど心許ない事はない。
努力しない事が楽では無くなる事もあるんだよ。
何だそれくらいの事か?
そう、それが人生。
はいはい。
ではまた。