図工とか美術とか正直苦手です。
絵を見ても抽象画を理解しろと言うのは、
そのバックボーンを理解していな者には無理だと思います。
上手いか下手かは何でもそうですが、
必ずしも好みと直結しない物があります。
それは人間と言う生き物が曖昧だからです。
優れた芸術家は浮世離れの人が多いのは、
日本やアジアの一部を除けば、神は唯一であり、
その信仰心が芸術性を高める働きがあるからだ。
私はそう思っているんです。
ですから、宗教を行事的に取り入れている良いとこどりの日本人の芸術性は、
特異なものであり、どちらかと言えば美術が苦手な人種であると私は思います。
少々乱暴な意見ですが、個人的な一意見にすぎません。
話が長くなりましたが、震災より人災のおかげで、
美術品が集まらない国になっているようです。
他国が貸し出しを渋っている。
目に見えない放射能が飛び交う国にはスタッフを派遣できない。
言う事はもっともですね。
私が他国に住んでいたら、好んで日本には来ないでしょう。
人の立場に考えれば、イラッと来る事もなるほどそうか!と、
ある程度のラインまでは妥協できるものです。
これこそ国を上げての原発問題を真剣に論議するべきでしょうね。
ゆとりが無い国には繁栄はありません。
教科書にゆとりは必要なかったですが、心にはゆとりは必要です。
斉藤和義氏が本日もユーストリームでライブを生中継したそうです。
残念ながら私は観る事ができませんでしたが、
斉藤氏の気持ちは理解できます。
ゆとりがあるから、助けたいと思える。
私はそう解釈しています。
だって自分が生きるか死ぬかの瀬戸際で募金なんてきっとできないもの。
だからこそ、ゆとりを作る努力が必要だと彼も思っているんだと思います。
観れなくても、その真意を理解しよう(勝手に解釈している)とする気持ちが、
一番大切なことではないでしょうか?
今の日本には増税よりも「空に星が綺麗」、そう思えるゆとりが必要です。
ではまた。