新生星組、始まりましたね。

前回の記事を書いた後、反響の大きさ故にか、よく分からない所からも沢山見て頂いたようです。

そして詳細については伏せますが、このブログは個人かあるいはどこかの組織によって通報され、Ameba公式によって規約違反か審査されたようなのです。

ですがこうしてまだ以前と同じ内容が公開されているということは即ち、このブログの内容に関することはAmebaの規約違反には当たらず、言論の自由の範囲である内容だったのだと、私は解釈しています。



このブログは今は記事を更新していないにも関わらず、ある一定の数の方に毎日のように見て頂けているようで、その方々はきっと私と同じ気持ちでいて下さっているのだろうと想像すると、何より私自身の心が救われるような気がします。

ブログがバズったのは想定外でしたが、私が求めていたのは、更新の止まってしまったこのブログを今でも見て下さっている、誰かは分からないけれどそういう方とのささやかな共感であったのだと実感しています。


しかし前回までの記事は何も考えず自由に書けていたことに比べ、今は相手が大きくなってしまっていることを痛切に実感しており、私は今後どのようなブログを書けばいいのか、分からなくなってしまっているのが現状です。


よってこのブログは今回の記事をもって終わりにしたいと思います。


私の気持ちは前回までの4記事でほぼすべて書いてしまっています。
細かいことなら他にもありますが、その内容をブログに書くという気力が今の私にはないのです。



相変わらず、SNSやブログには新生星組をお祝いする内容が書かれていますが、私はそれを見るにつけ、あぁ、私の気持ちはそれとは違うな、と思うばかりです。
暁さんの星組のトップスターは本当に祝福しています。
でも星組のトップ娘役さんには今でも疑問です。


ただ、詩さんの星組トップ娘役が歓迎されていることが大多数なら、私が少数派なのかもしれず、私が人とは違う見方で宝塚を見てしまっていたかもしれないのなら、もう私は宝塚から離れるしかないのかもしれないと思ったりもします。

でも離れた所から、違う所から宝塚を見ることが出来るかもしれないという微かな希望も捨てきれず、答えはまだ出ていません。



このブログの記事の更新はこれで最後にしますが、ブログそのものの削除は、私が詩さんの星組トップ娘役に納得できた時か、もしくは詩さんが星組トップ娘役を退く時か、もしくは内容違反によって何者かに削除される時まで残しておこうと思います。



このブログを見て下さっている全ての方に感謝致します。

そしてどの位の数かは分かりませんが、星組の舞台の客席で、私と同じ思いをして下さっている方が居るということが分かったような気がして、ブログをやって良かったなと思います。


ありがとうございました。








(2026年4月追記)

最後の記事を公開してから半年以上も経ち、新生星組のお披露目も終わってしまいましたが、今もこのブログを見て下さっている方々に本当に感謝の思いです。

素直な自分の気持ちを綴ったつもりでしたが、結果的に個人を非難する内容となってしまい、このようなブログを公開し続けることに迷った時もありましたが、
今でも見て下さっている方がいらっしゃること、そのことだけを励みに今でも公開し続けられている気がします。

私はなぜここまでモヤモヤした気持ちをブログに書かずにはいられなかったのだろう、と思い返すと、
やっぱり、私は宝塚の中でも特に、星組の生徒さんたちに思い入れがあったのだと思います。
彼女たちを応援していたからこそ、理不尽に見える人事に納得がいかない、そんな気持ちだったのだと思います。
思い入れがなければ、こんな風にモヤモヤしてブログに書いて吐き出すことはなかったような気がします。

もし私がこの過程で学んだことがあるとすれば、ファン心理のようなものかもしれません。誰かを応援し、彼女達の喜び悲しみを自分のことのように感じる。もちろんその喜び悲しみはこちら側が勝手に想像しているものにはすぎませんが、ファンが想像する感情を、タカラジェンヌである彼女達は感じていない、とは言い切れないと思うのです。

詩さんが着ている豪華で素敵な衣装を、自分も着て踊ってみたかった、そんな風に星組の娘役さんたちも思っているのではないか、そう想像すると、痛みや悲しみが込み上げてくる、そんなファンの気持ち、それは全くの想像に過ぎないと断言できるのでしょうか。

思い入れを持って応援することは、ふわふわした夢見心地の感情だけでは成り立っていない。そんな風に私は思うのです。

ふわふわした、耳障りのいい言葉だけで宝塚やタカラジェンヌを語るだけが真実だとは私には到底思えません。

一部の人達だけの権利決定で進んでいくことのないよう、観客側も喜びや悲しみを抱えながら試行錯誤していくことが、魅力的な宝塚の世界がこれからも続いていける道なのではないかと思っています。

このブログを見てくれている人は、そういう痛みを一緒に感じて下さっているのかな。そんな風に思う時、心のどこかに希望の灯が見えるような気もします。


沈みゆく船のように見える宝塚…
この行く末をあと少しだけ見てみたいなと思っています。