「この前娘にさ~何食べたい?って聞いたら、せっかく旅行に行ってんのに『マック』とか言ってくんだよね~。」
「それってやっぱりジェネレーションギャップってやつなんですかね~」
「おいおい、ジェネレーションギャップって言葉自体ももう『死語」ってやつだぞ。
まあそういうことなのかもなあ。今時の子供ってのは本当そういうとこあるよな~」
「でも僕らもそうかもしれないですよ~?コーヒー1杯飲むのにだって行きつけの喫茶店っていうよりスタバとかセブンの100円コーヒーとか、
どこにでもあるようなもん選んでますよ?」
「確かに!言われてみればそうだな。子供のことばっか言ってらんないのかもなあ~」
村上春樹が今年もノーベル文学賞には選ばれなかった。
ここ4、5年、世間はノーベル文学賞発表の時期になると、今年こそ受賞!だの、いや村上春樹は永久に受賞できるわけがない、だので持ちきり。
しかし、遡って考えてみるとなぜ多数の作家がいる中で村上春樹が現代日本人作家の中でズバ抜けて世界的な知名度を獲得し、その一挙一動に注目が集まるのか、不思議なところではある。
彼の全盛期と言われる時期はファンによっては初期から「ノルウェイの森」にかけてであり、その後はオウムに興味を示してその影響を強く受けた作品や著書を出版しているというイメージが強い。
そんな彼の作品でも特に最近の有名ところを挙げると「1Q84」がある。
この作品、実は発売前の予約の段階で1万部近く売れていたと言われている。
もはやストーリーに関係なく「村上春樹」という作者の固有名だけで、本が売れてしまう作家にまでなってしまったのが現代における村上春樹という人間なのである。
この作品今日までに文庫本を含めて300万部を超えるセールスを記録している。
なぜこんなにも人気なのか。
彼の長編における作風は近代文学とは一線を画したかのような極めて特殊なものだ。
1. まず「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」から見られるようになった、パラレルワールドとも取れるような作品構造。
各章ごとに違う物語、登場人物が交互に描かれていることが多い。
その二つの世界や視点を対比させ、そしてリンクさせることによって一つの作品を作り上げている。
2. その次にやたらに多い、浅くとも深くとも取れる決め台詞的な登場人物たちの言葉。
哲学的とさえも取れる、まるで何かを悟っているかのようなセリフは多い。(ここがグッとくるという読者も多いそうだ。)
3. そして、非常にマンガ・アニメといったサブカルチャーと言われるものにいそうな登場人物たちの設定。
1Q84において言えば、女殺し屋やふかえりという無口な美少女。
ハードボイルドワンダーランドで言えば、地下に住む博士ややみくろという未知の存在。
この作風だけ見てもわかるようにマンガアニメ文化に近いものを感じる。もう気付いているかも知れないが村上春樹は非常にサブカルチャー的なものに親和性が高いと言える。
この点が人気の理由と深く関わっているのかもしれない。
マンガアニメ文化の中にある言葉が存在する。
『セカイ系』だ。
セカイ系とは、簡単に言えば、主人公とヒロインたちの身近な恋愛が世界の危機や世界の終わりといったものに直結していく作品を指している。
代表的なものに、「最終兵器彼女」や「エヴァンゲリオン」といったものが挙げられる。
このような構成、設定というものをもった作品というのは1990年代終わりから2000年代にかけて非常に多く出現してきたと言える。
そしてこれらの作品ブームに少なからず影響を与えたのが村上春樹だと分析する。
村上春樹作品においてこの『セカイ系』と言われるような構造、設定は存在しており、それを時代的に見たときに最先端的に取り入れていたとも言えるのだ。
それを追いかけるように10年、20年してマンガ・アニメといったサブカルチャーが時代を代表的なするようなヒット作品を生み出し、ブームを巻き起こしていった、そう言える。
具体的に言えば、「エヴァンゲリオン」と「ノルウェイの森」は登場人物たちの相関関係がビックリするほど一致する。
セカイ系作品作者たちが意識的に影響を認識しているかどうかは別としても、時系列や村上春樹作品との親和性だけとってもそのことは間違いない。
このようにしてみると、村上春樹作品が時を追うごとに売れているのはその影響を受けたサブカルチャー作品たちが売れていることから裏付けられるように、
時代的に過去の文学作品とは違ったものであり、かつ非常にマンガ・アニメ的であるということが理由として挙げられるであろう。
村上春樹本人が自分がセカイ系の元祖なのであるということを意識しているかどうかはわからない。がしかし、もしかしたら彼の書斎の本棚にはエヴァンゲリオンが置いてあるかも知れない。
そして上で分析した理由とリンクするもう一つの人気の理由が存在する。
それは、「時代的に消費社会が進展した」ということである。
実は村上春樹は、ある国がある時期になると売れる、と言われている。
それはつまり消費社会がある時期にまでくると村上春樹が売れるということである。
不思議なことに韓国でもある時期に突然売れ、中国でもある時期に突然売れた。
日本の文学なのに他国で売れる。つまる彼の作品が構造的に匿名的な作品なのだということがわかる。
もちろん彼の作品の中には「東京」や日本的な固有名詞が登場することは多いが、
彼の初期~中期の作品は非常に匿名性が高く、どの地域、どの国で読まれても違和感が無いようものが多い。
村上春樹とは元来他の作家たちに比べて匿名性が強く、アニメマンガなどに非常に親和性が高い作家なのだ。
この匿名性というものが彼の人気と消費社会との関係性においてとても重要なキーポイントになってくる。
消費社会が進展するとサービスや品物の均質化、広域化が進む。
この文章の冒頭でも言われている、マックやスタバなどがその良い例である。
チェーン店といった地域土着とは一線を画した形態が流行ることで、どの地域、どの国、どこへ行ってもマックやスタバ、コンビニがあり、サービスが受けられる。
これによって現代消費社会はどこにでも当てはまる匿名的な便利さを手に入れると同時に従来の土着性を失った。
このような消費社会の匿名的な構造が文学作品における匿名性と強い親和性をもち、そしてその匿名性の代表とも言えるような村上春樹がヒットするのである。
子供時代ジャスコへよく行っていた世代が、今でもジャスコへ行くと安心感を得られるという話がある。
しかしジャスコはその土地土着のものではなく、消費社会が生み出した複合ショッピングモールであり、全国各地にある、均質化されたものなのである。
この影響を受けて育ってきた世代が大人になった時期と村上春樹作品、そしてマンガアニメ文化が流行る時期が一致するとも言われる。
つまり村上春樹作品は非常にマンガアニメ的であり、かつ世界が消費社会化していく中でその匿名性が受け入れられているのである。
これが村上春樹人気のワケの一つであると言えよう。
彼自身はセールスを気にすることなく今後も書きたいものを書いていくのであろうが、
その周囲にあるものはリンクしており、我々の心を掴んでいく、ということを意識して読んでみると面白いかもしれない。
