多分、異世界に行って来ました。 | 猫のゴマルノと色えんぴつ

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猫のゴマ&ルノ、好きなものごとの話。

多分ね、多分。

 

それくらいリアルな”夢”だったわけだけど。

でもそれも『恐らく』と付け加えざるを得ない、それくらいリアルな”夢”。

 

 

 

 

前触れなくハッと気付いて顔を上げる。どうやら床に脚を投げ出して座ったままソファーを背もたれにして眠っていたようだ。

ぼやけた視界を解消すべく瞼を強く閉じて親指の背でやや強めに目元を擦る。目には良くないのかもしれないけれど、いつもそうしてしまう。

ふと妙な違和感を覚える。自宅だが自宅でない。なんとも言えない感覚。

目の前にはごくごく普通に過ごしているらしい家族が居る。視界の左端で子どもがはしゃいでキャッキャと笑っている。いつもの光景、のように思える。

う~ん?と内心唸ったと同時に何故か今日が何日か気になって家族に声をかけた。

 

「今日って何日だっけ?」

 

普段から”今日が何日か”を大して把握していない私の言葉に家族はごく当たり前のように「13日」と返す。

ああそうか、と納得しかけたところで家族が壁にかかっているカレンダーに手を伸ばした。白地に黒と赤で印刷されているごくシンプルなそれは一か月一枚、計13枚綴りで一か月ずつ切り取っていくタイプのB4サイズ、だったはず。それの一番手前の一枚をペラリと捲り上げる。

あれ?そんなところにカレンダーあったっけ?と問いかけるより前に私は眉をひそめて首を前へと伸ばした。

一枚捲って見えたのは6月のカレンダー。今日が13日であろうことはわかった。そこはいい。

わからなかったのはカレンダーの上部に『2022年』と表記されていたこと。

 

「えっ?」

 

思わず声を漏らし、もう一度目を凝らしてよくよく見る。私は視力が少々弱いので見間違えたのかと思ったのだ。

いや、間違いない。『2022年』と書いてある。

 

「……今って何年?」

 

戸惑いつつそう聞いてみると家族は「2022年」と言いカレンダーの上部を指さした。

 

「えっ?いや、2021年でしょ」

 

そう言いながら、よく出来たカレンダーだとまじまじ見ていると家族が妙な顔をした。

まあそうか。家族は工作系が苦手なのでこんな細工はしない、というか出来ない。わざわざ他人にこんな細工を頼んで私にドッキリ(?)を仕掛けるようなタイプでもない。細かい作業はイライラすると日頃から言っている。

日頃の諸々を踏まえて何らかの細工だと思うのは瞬時にやめた。

やめたのはいいが、ではこのカレンダーと家族のさも当然と言いたげなごく普通の表情はなんなのか。

 

「いや……2021年なんだけど」

 

諦めきれないせいで口から出た言い訳のような私の言葉に、カレンダーを戻しながら吹き出しつつ笑う家族が「2022年だから」と返してきた。

納得がいかない。それと同時に家族含め周囲の何かに改めてほんのり違和感を覚えた。

一見すると何も変わりはない。変わりはないのに『何かが違う』気がしてならない。

そういえば何で今が6月なのにカレンダーを一枚捲って”2022年6月”を見せてきたのか。捲り忘れるのに気付くにはすでに6月をほぼ半月過ぎている今日では遅すぎる。それに色々な予定が書きこまれているカレンダーなので捲っていないと相当不便なはずなのだ。

やっぱりおかしい。

そして少し深く考える。

 

あれ……?もしやこれは……

 

脳内で最後まで呟く前に止まる。『いやいや、そんなことは』と自分の思考に笑った。

笑ったものの勝手に脳内の呟きは再開される。

 

これって異世界じゃね?

 

そう設定付けて景色を見回してみると何だか妙に納得する。

見やすさ一番という理由で定位置なはずのカレンダーが全く違う場所に移動しているのも、キッチンシンクの側に常設している消毒液やハンドクリームが消えているのも、そもそも私がこの場所で寝落ちするという普段ではあり得ない状況で起こされなかったのも。

他にも違和感はある気がするけれど何が違うのかは咄嗟にはわからない。

ただ、異様な程奇妙だと感じ始めた対象があることに気付き視線をやった。

はしゃぐ子ども。

やんちゃなので大暴れしてキャッキャと声を上げてダンスなのかジタバタなのかわからないご機嫌な動きをしているのはいつものことなのだが、その動きがさっきからループしている。

目を開けてからずっと視界の中央に捉えていたというわけではないし、いつものこと過ぎて『今日も元気で何より』と思いながらどちらかというと見逃していたからループという表現が正しいのかはわからないけれど、記憶をよくよくリピートしてみると動きも声もループしているように感じた。

そこからしばし未だ視界端に居る子どもに意識を集中してみる。

動きといい声といい、やはりループしているとしか思えない。

他の物はともかく、このことに気付いた時に変な焦燥感を覚えた。

 

これ、戻らなきゃヤバイやつ……?

 

どこに”戻る”んだかも理解していないのに『戻らなきゃ』という使命感が湧く。

少なくとも私が居るべき場所はここじゃない。そう感じた。

でも戻るっていってもどうやって?と思考してみるけれどさっぱりわからない。

数秒視線を僅かに左右へ揺らしてから、ひとまず家の外を見に出てみようかと思ったけれど、思っただけで戸惑いに支配される。

体が動かない。

脚が痺れてとか腰が重くてではなく、とにかく指一本動かない。

『あれっ?』と思ったと同時に口に出したはずの声も出ていない。口周りも動いていない気がする。

うっすら開いているであろう唇の隙間から息を吸ってみればそれだけはできる。ただ気道が狭いのか少し苦しいのですぐ鼻呼吸に戻した。

 

どうするよ……どうする……

 

そう考え始めてからどれくらい経ったのかわからない。数分だったかもしれないし、数日だったかもしれない。窓から射す陽が落ちていないならそう時間は経っていないのはわかってはいるのにも関わらず”時間の感覚”が無くてわからない。

いや、『無い』は違う気がする。『奪われた』と表現する方がその感覚に近い気がする。だから奇妙で『戻りたい』気になる。

子どもの動きと声は変わらずループしている。

 

ここじゃない、ここじゃない。

 

そう強く思う程に窓から射している陽の光がやけに心地よく感じている自分に気付く。

明るくて柔らかくて優しい、限りなく白に近いクリーム色の光。それが窓一面を埋め尽くして部屋へ射し込んでいる。なのに眩しくはない。

 

あー……気持ちいい……

 

春先や秋の陽射しが好きな私は体が動かない焦燥感を忘れて穏やかに目を閉じる。

瞼の向こう側が明るい光でスッと埋め尽くされるのを感じた。

 

 

パチッと目を開ける。

薄暗い部屋。視界には見慣れた天井。

そこで初めて気付く。さっきまで居た場所では両耳の鼓膜が何となくぼんやりと音を捉えていた。今は環境音が明瞭に聞こえる。

そんなことを思いながらも慌てて枕元にあるはずのスマートフォンを探す。探す。手探りでは探しきれず更に慌てて仰向けになったままの体を無理やり横転させてうつ伏せになり半身を浮かせて枕を跳ね除けようやく見つけたスマートフォンの画面を指で連打した。

 

”2021年6月13日”

 

画面に表示されたその字列をまじまじと確認。次いで部屋の壁にあるカレンダーに目をやり、そこにも”2021”の数字を見つけてようやく安堵して脱力し、身を横たえたまま大きく息を吸い込んで吐き出した。

 

《END》

 

 

 

 

という夢。

……え、夢だよね?

と今もやや疑問に思う程度にリアルだった。でも同時に違和感がすごかった。

普段異世界に行きたいとも思ってないし異世界に強い興味があるわけでもないのにあの空間ではポロッと『異世界じゃね?』という思考が出てきた。

よくよく考えると”異世界”っていうより”平行世界”といった方が近いのかな。

見せられたカレンダーの西暦は未来だったけどどうもあの場所を”未来”と表現するのは違う気がした。子どもの言動がループしてる時点で世界バグってるし。

 

まあ、なんやかんやいっても結局いつもの部屋で目覚めたんだから夢なんだけど。

 

怖い夢とか悲しい夢は沢山見て来たけど、あんなに焦る夢は初めて見た気がする。

あのまま違和感を流して過ごしてたらどうなってたのかな。

その”もしも”には興味があるけど、もう一度あの場所に行きたいかといえばそれは無い。

でも、最後の瞼越しでも見えたくらいの明るい光はできれば延々浴びていたかった。気持ち良かった。

 

というわけで、”異世界”というか”平行世界”風な夢の中でめちゃくちゃ焦ったよ、という話でした。

 

あ、ヤバイ。これタイトル詐欺だわ。

 

 

 

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追記:この記事をゆっくりボイスに朗読してもらった動画をyoutubeに上げました。

【夢日記】多分、異世界に行って来ました。(2021年6月13日)【ゆっくり朗読】

https://youtu.be/IRtHerf3vZA