“その”武蔵野の門下の先生が亡くなった時、もう大学に私の心の故郷はないと知った。
今でもその先生の優しい笑顔と、門下生たちをいつまでも深いところで感じられている先生の表情が時々、水たまりに落ちる天からの雫のように思い浮かぶ。
そして2019年10月4日18時。
わたしの前にミハリツァ先生と、満席のモーツァルトホールが見える。
その夜は魔法のような夜でした。
チェコを目指して15年間、頑張り続けて、音楽を追い求め続けた私にとって、奇跡が起きた夜でした。
終わってみると、起こるべくして起こったような気さえする。
今回の発案者、深山尚久教授がミハリツァ先生をご紹介。
ミハリツァ先生はゆっくりと立ち上がり、74歳の頬に浮かぶ笑顔で
『正しい教育者は、父と母のように学生を愛し、向き合い、己の全てを伝え、そしていずれは最大のライバルを生み出すことができる者である』
『一番良くない教育者は、胸の中に秘密を隠し持ち、生徒に伝えない者だと私は思います』
『音楽芸術は、心の栄養であるべきで、演奏者はいわばコックのようなもの。食材=音をどう味付けして、良い料理をすることによって匂いや、味が出る。お客様に最高の料理を提供して、それを身体に入れた時、本当に良いものは身体が共鳴し、心に栄養を送る。もしそんな演奏で良い気持ちにできれば、その人のコンサート後に生きる活力になり、周りにもいい影響を与えることができる。そしてその演奏は、どんなものだったか、ずっと思い出せる。料理=曲がたとえばベートーヴェンでも1000通りの演奏がある。マクドナルドみたいに、同じ料理じゃなくて、みんな違うからいいんだ。』
誰もが予想だにしなかった、しかし誰よりも正しき、穢れなき、熱き想い。
その一言一言を、弟子として受け止めながら聴衆の皆さんに伝えていく。
『いつも演奏するときに正三角形を思い描いている。大多数の演奏家は、その2つの点にいる作曲家と向き合った関係だけにとどまっている。しかし、2つの点のその先に目指す聴衆を、演奏者と作曲家は忘れてはいけない』
『音楽は何がいちばん素敵だと思います?たとえば800人聴衆がいて、全員が違う気持ちを持てることです。つまり、感じることは人によって、最大の自由なんです』
ミハリツァ先生の一言一言が、重くのしかかる。
ただ、私はあくまでヴァイオリニスト。聴衆の皆さんに助けてもらいながら、ひとつずつ、丁寧に訳していく。
通訳者は、先生という『理想』と聴衆の『努力、興味』の間に立ち、どちらも尊敬する『謙虚な』存在として、誰よりも純粋に、正直に、架け橋にならないといけないと思います。
ミハリツァ先生が音楽愛の証明のような存在なら、弟子は全力でその巨大な音楽に、まっすぐ誠実に応えたい。
実は、、ミハリツァ先生が武蔵野公開講座の前日の夜、『アヴェマリア』という曲を、講座の最後に弾きたいと提案してこられました。
その曲は、4年前に亡くなられた、先生の親友から贈られた特別な、しかしまだ版権すらない、世界で一つの先生の魂の一曲。
『アヴェマリア』という曲は、全てのカトリック教徒から最も愛されているタイトル。天国とこの世を繋ぐとも言われています。
武蔵野の先生方からは『もちろん演奏されてください』と承諾をいただきました。
しかしミハリツァ先生は朝まで、レッスンが、大切な学生がメインの講座なのに、と最後まで演奏するかを迷われていました。
私はどこかから凄い力が湧いてくるのを感じて畏れ多くも言いました。
『先生、是非弾いてください。ただ、お願いがあります。
『演奏中、3秒でいいので天国にいる私の先生に、ミハリツァ先生の音楽を捧げていただけませんか』
すると先生は真剣な顔になって、
『勿論だよ。3秒と言わず、30秒を君の愛する先生に捧げるよ』
そして笑顔で
『私は君の先生のことを知らないけれど、一つだけ言えることがある。』
『私は君という人間が大好きだし、君は天国にいる先生のことを本当に好きだ。だから私も先生のことを好きにならないといけない』
ミハリツァ先生は、晴れやかに笑いながら、
『いつだって君は正直で、日本人っぽくないね。よし』と仰いました。
私は深々と頭を下げて、
『ありがとうございます。私の先生も喜ぶと思います。もしかしたら、お空で貴方の親友と笑ってるかもしれませんね』
静かに、にっこり先生は笑われた。
ミハリツァ先生は生まれつき、近くのものがあまり見えません。なので、少し介助が必要です。しかし、その分記憶力と、人の心の所作を、微細心まで感じることに優れています。
一人一人のレッスンは“音哲学のジェットコースター”のようにあっという間で、しかし内容は心技体、音楽家すべてに通じるかけがえのない時間でした。
今回弾かれた純粋で素晴らしい3人の学生さんたちだけでなく、普段教えられている先生方が音楽を愛し続けてこられたからこそ巡り逢えた、天からこぼれ落ちた奇跡の雫。
先生のお歩きになる介助をしながらアシスタントをさせていただいた時間は、おそらく今までの私の人生のなかで、最も美しい時間でした。
先生が全ての人生をかけて、学生ひとりひとりの心に寄り添って、向かい合って教えられるその1秒1秒を、大切に、優しく未来に伝えていきたいと思いました。
20時。2時間しかなかったのに内容がおそろしく深く、すごい集中力が集まるレッスンと質疑応答が終了。
ミハリツァ先生はレッスンから演奏モードに切り替えるために手を洗いに行かれ、3分後に戻ってこられた後、ゆっくりと曲の説明を始められました。
先生の親友の名前はホノラート・コテッリ。
説明の中で
『コテッリ、空から見ているかい?ここのどこかに来ているかな、ここにいるって私は信じているよ』
と仰り、私は通訳する声を詰まらせてしまいました。
私もミハリツァ先生と想い人は違うにしろ、先生と同じ心を重ね、涙が出そうになったからです。
しかしホールの前方に、途中で帰られた方の空いている二つの席がありました。
そこに目がスッといって、すぐに笑顔になれました。
先生来てるかな。会いたいよ。
ミハリツァ先生の演奏中は、『この世に偶然はないのかもしれない』と、この場に生きていられることに喜びと感謝をしながら、アヴェマリアのテキストを祈りながら聴いていました。
仏教徒である私にとっては、ミハリツァ先生の音たちこそが、亡くなられた先生たちが輪廻した、沢山の魂の“アヴェマリア”でした。
この短い10日というか間でしたが、50年間、長い歴史に隠されていた偉大なミハリツァ先生のそばにいられたこと、そして先生の言葉と、語られた魂の教えの代弁者でいられたことを、私は心より幸せに思います。
ミハリツァ先生を成田空港にお送りする前、
『君は本当の愛国者だね』
別れる直前まで、ミハリツァ先生から、エールを投げかけていただけました。
愛国者というものは、純粋な心と、謙虚さを持ち合わせ、理想を夢見がちなこと。しかし、今ここに存在することは本当に難しいこと。
『ぼくたちは最高のチームだよ』
たゆまぬ努力と愛によって、そして周りを思いやる心と、我慢強さによって学生たちひとりひとりに何十年も向かいあってこられたこと。
理不尽なこの世の中でも、単純にただ生きていることだけを喜ばれ、
生き抜いて、生き抜いて、生き抜いてこられた。
またチェコ・ブルノで再会して、ジョークを言い合うことを楽しみに!
先生、ありがとう!Šťastnou cestu!!!
…よし。
さあ、今日から私も通訳者からヴァイオリニストにもう一度生まれ変わろう。
いつも心に音楽を、
そしてその純粋な感謝を音にのせて、
君に捧ぐ。
さて、帰ってきました故郷ふくやま!
愛してるこの街と人々と、大好きな全世界の仲間たちと!!