「思い出」というものは、時とともに薄れていき

楽しかった事悲しかった事、それ例外の「思い出」も

自分なりに消化しうる現象となり、前に進んでいけるのだと考える。



母は私にとって絶対の人だった。

母が自分で言うように、なんでもできなんでも知っていて。

すべてが母であった。


私のその「絶対」が壊れはじめたのが、私中学2年生のころからか、

記憶は定かでないがたぶんそのころから次第に少しずつ感じられないくらい静かに、

でも確実に壊れていった。


母が若い男と家を出てから。

パソコンが壊れた。

修理に出した。


保証期間なので無料でしてもらえた。

部品もダメになっていたらしい。


やっと帰ってきた。

さっそく起動した。


止まった。


息子や娘が入力すると大丈夫。

しかし・・・・

私が打ち込むと、電源が切れる・・・・・・・


私が悪いのか?


静電気防止の手袋を使用してみる。


ダメだ。。。。。


ゴムコーティングの軍手使用してみる。


いけた・・・・・・



なんやねん・・・私の静電気。

あれは南の炭鉱の島に住んでいるころで

まだ、弟は産まれてなく

ということは、私はまだ就学前・・・・・3歳くらいだったかもしれない。


色つきで出てくる風景。

けのもみちに石がひいてあるような、山道。

買い物に行く市場への、近道。


いつものように母の手作りの服を着ている私。


「あんたにはお姉ちゃんがおるとよ」

母の言葉。


景色、色彩、空気・・・風の音・・・そう、季節は初夏だった。


母の言葉を不思議に思う。


幼い私はとても不思議に思ったんだ。