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毎日が実験。人の気持ちがわかる人になるブログ

人の気持ちがわかるようになりたい人に教えています。
趣味はビールを飲むことと、和服を着ることと、自分の子を観察すること。
聴くチカラ検定の開発担当。

フィードバックをいただきましたニコニコ

 

 

「ソウルコーチングってどんなのかな?」と好奇心に背中を押され、ええいっ!と申し込みました。ちなみに私の好きな言葉は「Leap before you look(見る前に跳べ)」です笑。

お試しを体験してみて「自分の心にある望みを知り、それを叶える過程に伴走してもらうこと」がその答えかな、とそんな風に思いました。

なんとも心強い。変わりたいとか、叶えたいとか思っても、心が怖がっていたり、抵抗したり、なかなか変わるのは難しい。ひとりで禅問答を繰り返して拗れまくるより、それを映し出す鏡やトレーナーのような存在が時には必要なのかもしれない。

カウンセリングと違うのは、半歩先くらいの道を示してもらえるところ。で、この微妙なさじ加減は「カウンセラーのカウンセラー」たる麻依さんだからこそできるのではないかと率直にそう思いました。

セッションの始まりの前にする「グラウンディング」は、一気にリラックスできました。なんだか次に踏む一歩は、これまでと違って大地とつながった一歩になる予感がしています。変化は誰でも怖い。でも伴走者がいるとワクワク。

冒頭にふれた、W.H.Audenの「Leap before you look」の詩が今の気分にぴったり来たので書き留めます。

 

「見る前に跳べ」

危険に対する感覚は消えない

君の行く道は短く険しいのだ;

ここからはどんなに緩やかに見えようとも;

見たいなら見てもいい、でも君は跳ばなくてはいけない



ワクワクが伝わってきますね!

クライアントさんの「魂の望み」に近づいていく過程は

わたしも一緒にどきどきしているので

何かきらめきが見えてくるとおおーーキラキラキラキラと感激もひとしお。

これからもお付き合いさせていただけることとても嬉しいです。

 

 

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6年前のスピプロ6期の最後の日もそれはそれは感動的、
というか衝撃でふらふらになったものだけれども

今回のソウルコーチ養成講座のラストも最高潮の盛り上がりだった。



受講生のみんなが、
自分がこれからどうやって生きていきたいのか
その光の断片のようなものを見つけて
それぞれに追いかけていくためのスキルと考え方を手に入れて
おっかなびっくりスタートを切る、
そんな門出でもあり。

ソウルコーチとして認定されるための
今度は主に自分自身での修行を始める覚悟の区切りでもあり。

師匠そみさんに見守られていること、
お互いに安心・安全の場をつくりながら
心の中で応援しあっている仲間たちと出会えたこと、
そして勇気とお金をふりしぼって
ソウルコーチ養成講座に飛び込むことを決めた自分に
たくさんの感謝と
未来を信じる気持ちに包まれての…

大号泣タイムでした。

ラスト日の前の講座で、
そみさんの誘導瞑想でびっくりするような二つの望みが出てきたこともあって
ちょっと扱いかねる気持ちもあった。

動揺しすぎて家を飛び出して
相方のもとに走っていった、ということがありましたね。

↓↓↓

コレ


ここでさらーっと書いてしまうと、
(たぶん見られたらお互いに動揺する相手は
ここに見にこない気がするからw)
その二つの望みというのは

一つは、
「社長になりたい」。

もう一つは
「結婚式がしたい」。

だったの。

・・・。

思ったよりなんかすぐ叶いそうでもある笑い泣き笑い泣き笑い泣き

でも、
たくさんの人を巻き込むことになるし
やることも増えるし
なんで? って思う人にちゃんとわかってもらうためには
自分の気持ちがかたまっている必要があるし

そもそも叶えたいことはそれ自体というか
形ではなくて
なんかそれによって得たいものがあるはずだから
もうちょっと詳しく自分を見ていこうと思っている。

またここにも書くね。


あー
このように
魂の望みと出会うということは
出会って終わりではもちろんなくて
自分の人生を賭けて何を手に入れようとしていくかを
考えて行動するその終わりなき旅路なんだよな。

わたしもソウルコーチ(まだ卵)として
誰かの旅のおともをさせていただけたらとても嬉しい。


わたしの伴走で一緒に旅を始めてみよう、
って思われた方は
モニター募集を見てね。

8月も埋まりかけてきたので日程確認はお早めに。

 

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2日前、次女が学校に行きたくないと言った。

最近、朝の欠席連絡はアプリを通して数行ですむ。

これは保護者にとっても学校にとっても負担が少なくってかなり気が楽だ。

だけど、そこに「体調不良」とか「疲れが出たようで」とか

そういう納得しやすい理由以外の別のことを書いたら、

今時のちゃんとした学校だったらどうなっているのか確認してくる。

不登校とか登校しぶりがあったら対応しなきゃいけないし、

家で何かあったとしても、事故とかだったとしても、

確認が後手に回ってたら何かの時に責任が問われる時代なんだよね。

ほんと先生たちはお疲れさまなんだけど、

まあこれも含めていろんなことが、かえって学校を窮屈にしてるとも言えなくもない。


一昨日は朝の連絡を

「嫌なことがあったそうで話し合っています。今日は欠席します」にした。

最初本人は、事実ではなく疲れが出た的なごまかしを希望したけど、翌日以降には行けそうとか、行きたいというモチベーションがまったくなかったから、最終的にこの表現で納得した。

とりあえずゲームやYouTubeに逃避するのはその日はなし、にした。これも時と場合により判断が分かれるとこだがとても重要なポイント。

夕方担任からじゃかじゃか着信がある。

かけ直すと「嫌なことってどんなことですか」と詰めてくる。

先生も保護者もコミュ力必要な場面だなーと思う。

今回の作戦は

「先生に言いづらいみたいなので、カウンセラーさんのくる曜日教えてもらえますか」

にした。


わたしも市内のスクールカウンセラーをしてるわけだが

基本的に住居エリアの勤務はないので次女の学校には当然別の人が行ってる。

お名前だけチェックしているが研修などで一緒のグループになったことはない知らない方。

機会をとらえて積極的に話しに行ってみようかなーと思っていたことはあるが結局していない。


曜日を聞いたら翌日がちょうどSC勤務日だったのだがわたしが出張の日に当たっていて、

即予約とはいかなかったので翌朝までに本人と話し合います、にして電話を切った。

先生は気が気じゃないであろう。


その日の夜、また次女と話した。

嫌なことがあったとは言え、もちろん本人も品行方正でもないし、怠けてるところもいろいろある。


「カウンセラーの勤務日を聞く」には、先生にあまり事細かに詰めてきてほしくない、という牽制の意味もあり、実際に予約をとらなくても一定の意思表示ができる。

子どもが本当に疲れてエネルギーが枯渇しているなら、期限を決めずに次の日も休んでいいよ、と言ってあげたいわけだが、次女はまだそこまでではないように見えた。このまま何もなかったように登校することもありなんじゃない? もちろんそれは、客観的に自分を見て、合理的に考えることができたら、の話で、それができる状態なのかどうかがわからないからこっちも疲れるのだ。

もちろん、納得できないなら、本人がSCのところにいくのでもいい。出張の朝でも予約の電話くらいはできる。


ここまで決めて、あとは本人に考えてもらった。


どうなることかと思ったけど、出張に出て2日、朝自分で支度して間に合うように登校しているらしい。

先生も一言だけ声をかけてくれたくらいで、詰めてはこなかったみたい。


危ういがとりあえず乗り切ったようだ。。。

過ぎてみたら小波だったとわかる。

こうやって今年は何度となく綱渡り感を味わうのでしょう。


はげませんように。



相方が、朝の仙台駅に送ってくれた。

わたしが子に振り回されると、もれなく彼も振り回されている。

ごめん、とも思うがありがたい。

好き。

 


 

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しばらくるんるんしていたわけだけど
人生にはいろんな側面がある。
恐れていたことの始まり。
次女の不登校、正確には登校しぶり問題。

 

 

わたしや長女と違って次女は学校の中に楽しいところを見出せる子だった。
そしてたぶん小学校までは先生に恵まれた。
去年も、いろいろあったけど先生が好きだった。

今年は最初からやや不穏な雰囲気だったが楽しいところもあったし最初はがんばってもいた。
ただ、やっぱりちょっとした理不尽さだったり、
ルールを守って当たり前、守れてるときは褒められもしないけどちょっとでも逸脱したら怒られるっていう窮屈さに対して、よくわかってしまうところがある。
そして極めつけ、自分から友達にも先生にも言いたいことを言えない。
1年半、彼女なりにがんばってきたけれども、
今年はすでに何回か「学校たのしくない…なんで行かなきゃいけないの…」ということがあった。

ちなみに6年生のときもあり、この時はいい先生で良好だったけど友達関係の疲れと習い事の葛藤というか、やっぱり疲れがあって学校の優先順位が著しく下がった。
その学校を卒業したいっていうのが当初の方向だったけど、秋ぐらいからテンションが下がりまくり、「やっぱ転校生になるわ」って本人が言いだして、姉と母がいる仙台にきたのでした。

Facebookにも書いたけれど
これって学校にいけるいけないというだけの話ではなくて
じゃあどうする? を本人が決められるようになるまでの長い旅の始まりであって、
成長ホルモンであるとかアイデンティティ拡散みたいなまさに中2っていうアンバランスの今
ものすごい破壊の衝動みたいのも見え隠れしたりするので

そばにいるだけで振りまわされるような通過儀礼という感じがして戦慄するよね。

あー今回ははげそうとか
胃痙攣とかアル中とかwそういうのなく
無事に生き延びますように。。。


現実的には、
やっぱりがんばろうかな、ってなるまでに今回はまずわたしが学校との間に入る必要がある、と思う。
これももちろん、そんなに心躍るタスクではないのだがまあ、それでも長女のときよりはまだ希望がある。
おなかは痛くなるけどね。

 

 

 

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