わたしが述べ10年くらい籍を置いて心理職として育った大きい団体はもともと役所のOBとか大企業勤務の人たちが上部組織をやっているようなけっこう公的なところで、
今でも最初の資格を養成するのに年間何千人も参加するような感じなので
誰がやっても安全な方法を教えてるという意味でちょっと薄まってはいると思う。
だからこそ、そこの団体の次の資格が入札の要件にもなったりしているわけです。
うちのNPOも多くがそこを通ってきてるし理事もほぼみんなそうだし
わたしの個人的なクライアントもほとんど、そこの資格を持って次にいこうとしてる人たち。
たまにキャリアカウンセラーとか別団体のカウンセラーさんも来るけど、
母数も少ないし目的も役割も違ったりするのでほんのすこし。
うちの理事メンバーも
「あそこで教わるから、変に頷いたり相槌打つだけでろくに質問もできないししちゃいけないような、
使えない傾聴が世の中に広まっちゃうんじゃないの」
とからいこと言ってて受けました。
でも、やっぱり、「安全」は第一に大事にされるべきこと。
人をちょっとでも支えたり勇気づけたり、成長を応援したいのに
「安全」が侵されるかもしれない聴き方をして、しかもその自覚がなかったとしたら
もうお話にならないわけです。
大事なことがなんで大事なのかを全員に伝えるのにはカリキュラムの幅が広いんだけど
とにかく最低限大事なことが何か、ということは教える内容になってると思う。
もちろん組織だから、残念なこともいっぱいあったけれど、
教えてる内容はとてもいいと今でも思うし、仲良しの人もいっぱいいる。
アドバイス禁止。
わたしのところにお客さんとして、あるいは生徒としてくる人ほとんどがそこだけは、
形だけであっても前提として持ってるから、そこを強調して教えることはしたことがない。
ま、でも形だけとりあえず、から入ることのほうが多い。
だから昨日のみんなの反応は新鮮だった。
それを形だけじゃなくて、本当に大事にとらえると苦しくなる自分がいるはずなんだ。
わたしだって仕事ではもうなんとも感じず切り替えてるけど、
(一周回って、何周も回って普通にアドバイスすることもある。相手に有益な範囲で)
たとえばママ友とかと話してて意見を求められてるような関わりだったら
どう線を引こうかとかなんか言うにしても誤解なく伝えなきゃとかどこまでとか、
すごく考えたり調整したりする。
ママ友関係ではこっちがそういうのに気を使いすぎると自分が疲れるし
乖離が激しくなってほんとの自分を出す場所がわからなくなるし、
それどころか、たとえばママ友同士でアドバイスしあってるのを見ると
相手のためを思ってのことであればあるほど
見てるだけでぐわー、となることもある。
や、たまにですよ。去年は関係が近くなる相手が複数いたからな。
そういうの普通だったら、なかなか共有できない感覚なので。
スピプロには友達をつくりにいくことにしたんじゃないかな、
と感じる一コマでした。
ディップ4種類もあってその1。
ふたこぶ食堂の樹音さんは、クリエイティブのさらに先を行ってると思う。これを霊性というんではなかろうか。
現実世界のふつうの日常会話で表現するなら、天才だ。
うむ、次は境界線のことを書いてみたいぞ。そみさんと会ってからごはんが3ばいくらいの言語化欲求。
