人生の忘れもの…定年後の一人野宿旅
  • 27Jun
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      ドナルド小池(トランプ百合子)

      この二人、ほんとよく似てますね。いえ、顔じゃありません。目立ちたがり屋で、唯我独尊。自分のことしか頭にない。おかげでアメリカも東京都もとんだ迷惑でしょう。まるでコロナウイルスだ。この二人、トランプが5年前、小池が4年前、立候補した。世の中には二種類の人間がいて、一方は「何かになりたい」人間、もう一方は「何かをやりたい」人間。 この二人、どっちもなりたい側の人間だ。実際この数年間実績は0なりたいものになったのだから、あとはどうでもいい。今や両者ともに裸の王様。言うことが調子のいいことばっかりで、聞いていて腹が立つ。方や寝言のようなツイッター遊び、方や意味不明の言葉遊び。耳障りのいい(言葉)フレーズで歓心を買い、何の責任も負わない。とにかくテレビに顔が出ていれば機嫌がいい。まるでスポークスマン。わたしは分析は得意じゃないからしませんが、感覚的に虫唾が走る。さっさと消えてほしい。もう一人、習トランプさん。どっちも世界を敵に回して保身に汲々。

  • 04Jun
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      「ふることふみ」

      ユダヤ・キリスト・イスラムなどの一神教は、人格神が天地を想像し、人間に自然を支配させた。日本では太古の昔「アメノミナカヌシノカミ」が現れ、性別不明の様々な神様が生まれてくる。一神教の「世界創造」の神話と日本の「天地開闢」の神話である。人格神を戴く一神教が、世界に間断のない戦争や殺戮を繰り広げて、血みどろの世界史をもたらしたが、日本の「古事記」は、神々も話し合いで物事を決めたという。もともと日本の神々は「神議(かむはかり)」といって、その都度合議によって方針を決めている。太陽神である天照大御神が、天の岩戸に隠れたときに、全宇宙が暗闇に閉ざされた。慌てて高天原に集った八百万の神々が、会議を持った。岩戸の前に雄鶏を集めてきて鳴かせるとか、肉体美の女神が滑稽な裸踊りを演じるとか。(人間の考えることと変わらないですね)岩戸隠れ事件を引き起こした大御神の弟のスサノオノミコトをどうしたらよいのか、やはり神々が合議する「神議り」が行われた。日本の神様は一神教と違って民主的なのである。

  • 24May
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      孝道契約書

      聞いたことあります?老後の面倒を見る見返りに財産を譲る契約・・・親子の間の契約らしい。日本の話じゃありませんよ。日本は「生前贈与」か「相続」ですから。それじゃどこの国の話?

  • 29Apr
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      家のデッキにスズメがやってきた

      デッキにやってきたスズメと目が合った。定年後二階に10畳の隠居部屋を造った。最近窓の外に2メートル×1.5メートルのデッキを造った。長さ4メートルの木柱を2本買ってきて、電動工具と大工用のノミで作った。厚手のベニヤ板を敷いて、人工芝を敷いた。作業日数は二日。もちろん防腐剤も忘れずに塗った。アルミデッキのオンライン見積もりをしたら、なんと約30万円。即諦めて自作することにした。費用数千円也。そこに米を撒いたらスズメがやってきた。デッキの前のサルスベリの枝で偵察。用心してデッキに来ないので、サルスベリに木を渡し、そこに米粒を乗せたらやがて啄みに来たスズメは用心深い。なかなかデッキにはやって来ない。かすかな動きにも反応してすぐ逃げる。そのうち人工芝に撒いた米を啄むようになった。デッキの端っこで部屋の様子をうかがっている。最近は慣れてきたのか集団でやってくる。距離約3メートル。ちょっと動くと一斉に飛び立つ。米粒をを食いつくすと、電線の上で追加を待っている。彼らは朝5時頃にやってくる。そして夕方の6時過ぎに帰っていく。雨の日も来る。スズメは何羽いるでしょう?全部5羽です。「あのじいさんが餌をくれているのか、悪さはしないのかな」「でも用心するに越したことはない。油断すると焼き鳥にされてしまうかもしれないからな」鳩も一羽やってきた。スズメは迷惑そう。5月15日 スズメたちもだいぶ慣れて来たのか、人工芝の上でじゃれあっている。よく見ると、嘴が黒くないのがいる。黒いスズメから餌(米粒)を口移しで貰っている6月そろそろ米がなくなってきた食後のまったり雨の日もやってくる

  • 26Apr
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      山帰来

      サンキライ(山帰来)別名サルトリイバラ山から帰って来る・・・と聞くと、山で迷子になって、赤い実を食べて飢えをしのいで生きて帰れた・・・のかと思ってしまいますよね。てっきりそうだとばっかり思っていたら違うんですね~。一応実には毒消しの効用があって食べられるらしいのですが、美味しくないでしょうね。ほんとの由来は、山中で病気になった人が、サンキライを食べて病気を治し、無事に下山できたというのが「サンキライ(山帰来)」の名前の語源になったそうです。中国産のサンキライは「ケナシサルトリイバラ(毛無猿捕茨)」といって日本の自生種とは別種の植物です。この種の根茎に薬効成分があり、漢方では皮膚炎や梅毒の生薬として用いられていました。日本では自生していないため、江戸時代には毎年、中国から大量に輸入していたという記録が残されています。正確にいうと山帰来が用いられたのは、梅毒治療に使う水銀による中毒症状の防除のためだったのです。前置きが長くなりましたが、この山帰来、日本の山野ならどこにでもあるわけでもない。私がほぼ毎日登る「二上山」にはたくさんある。しかし、どこにでもというわけではない。なぜかいつもの遊歩道の脇によく見かける。この「山帰来」毎年花を咲かせ、実をつけるとは限らない。ここ数年ほとんど花は咲かず、実はつけなかった。ところが、今年はいたるところで花を咲かせている。花といっても「クロモジ」の花みたいにほとんど花らしくない。それが夏には富有柿を小さくしたような青い実がいっぱい付け、10月を過ぎると真っ赤になる。昔は漢方の生薬として利用されたが近年はクリスマスリースのような飾りに使われている。(水なしでも1年以上もつ)ウオーキングの例会のときに、山で採ってきた山帰来を女性参加者にあげると大変喜ばれる。去年の山帰来と今年の山つつじ(家のトイレ)

  • 02Apr
    • マスクと文化

      欧米で異常なコロナ感染の拡大を見ているのは、マスクに対する見方・考え方が影響しているのではないか。近年外国人観光客の増加に伴い聞かれる「なんで日本人はあんなにマスクをしているのか?」という声。それは風邪をひいてもマスクをする習慣がないことを表している。それは他人に対する配慮など意識にないことを意味している。さらに興味深いのは犯罪との関係。オーストリアでは治安の確保などを理由に、公共の場で顔を覆うベールなどの着用を禁止する「覆面禁止法」が3年前に施行されました。また、欧米の言語は語彙が乏しいからか顔の表情で感情を読もうとする。だからマスクを嫌う。表情を隠すからだ。コロナが彼らのマスクに対する考え方を変えるかもしれない。

  • 13Mar
    • これしきのことで!の画像

      これしきのことで!

      これしきのことで!我が国は古来様々な試練を乗り越えてきた。黒船の来週に始まる明治維新の改革。日清・日露の大国との抗争。関東大震災原爆被害と敗戦。不動産バブルの崩壊による株の大暴落。東日本大震災と大津波と原発事故。すべて乗り越えてきた。株式相場もそれなりに凹んだもののいつも乗り越えた。今回だって・・・・・この金余りのご時世、引き揚げた金はどこへ?結局ほとぼりが冷めればまた戻らざるを得ない。慌てないで、高見の見物といこう。もう生きているうちにこんな歴史的な出来事はないだろう。あるとすれば、中国の体制崩壊か?そういえば、能登半島でM5.2?の地震が発生した3月13日に、30年ぶりの大暴落をしたとこになるのか。二階の寝室はゆらゆらと揺れ、ドーンと衝撃が来た。この歳で初めて経験する地震だ。そして、株式相場にも大激震が走った。 別にどうってこともないのだが…いつものように、一夜明ければ何事もなかったように・・・

  • 02Mar
    • ヤマザクラと春告げ鳥の画像

      ヤマザクラと春告げ鳥

      3月1日 能登半島の付け根にある「二上山」(標高273)にヤマザクラが咲いていた。雪国でこの時期にヤマザクラが咲くのは珍しい。一枝手折ってきてカメラに収めた去年の4月初めの写真そういえば、数日前から鶯が鳴き始めた。これもまた珍しいことだ。もう越冬先から帰ってきたのか、鳴き声がまだおぼつかない。二上山ふもとの射水神社横から登る中腹の休憩所悪王子社悪王子社からの眺望ここは能登半島国定公園の南端悪王子社から湾越えの立山連峰立山連峰の向こうは信州中央右は「富山新港」山の中央の平地は「弥陀ヶ原」二上山の隣城山の森山城址は八重桜の名所二上山の夜景(夜景の先は富山湾)

  • 29Feb
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      納得がいかない!

      ダイヤモンドプリンセス号は1月20日に横浜を出港し、香港やベトナム、台湾、沖縄をまわって2月4日午前に横浜に帰港するスケジュールだった。2月1日 香港政府は25日にダイヤモンド・プリンセス号に乗って香港に帰国した男性(80)から新型コロナウイルス感染症が確認されたと発表。クルーズ船は2月3日夜に横浜港に到着。着岸せずに停泊し、日本政府の検疫下に置かれた。2月5日、乗員乗客のうち10人に新型コロナウイルスの感染が確認された。この日の朝以降、感染拡大を防ぐために乗客全員を自室待機として事実上の隔離措置を開始。アメリカ政府は2月16日から17日にかけて、ダイヤモンド・プリンセス号に乗っているアメリカ国民を退避させるためのチャーター機を派遣して帰国させた。これに続き、イギリスやイタリア、カナダ、オーストラリアなどの国も検査で陰性だった自国民を退避させるためのチャーター機を派遣する意向を明らかにした。ウイルス検査で陰性が出た乗客の下船が2月19日から始まった。この間「感染拡大の第二の震源地を作った」(ABCニュース)「公衆衛生の危機対応で『こうしてはいけません』という教科書の見本のような対応」(ニューヨークタイムズ)など様々な批判を受けた。ふざけるな!そんな舟持ち主の所に追い返せばよかったんだ と言いたいところだがそうもいかなかったらしい。なぜ日本はそんな理不尽な批判をうけなければならないのか?そう思いませんか? この船、日本が造ってイギリスが所有してアメリカの会社が運航してるんだって?海外に船籍がある船舶は、管轄権(管理する権利)は船籍を持つ国にあるとする「旗国主義」が長年主流だったが、現在は航路の沿岸にある国や寄港した国に管轄権があるとされるらしい。ダイヤモンドプリンセス号は船内の衛生管理や検査実施において寄港国管理権が優先されていて、日本が実施しているらしい。2月5日以降、長期にわたって実施している検査と船客乗員の船室隔離は、検疫法に即した対策で、これは陸側に収容できる施設がないこともあって、法的には問題はないとされている。予測のつかない事態に対して、無責任な批判は非常に腹立たしい。途中から首を突っ込んで批判した岩田とかいう日本人にも腹が立つ。それにしてもイギリスやアメリカは無責任ではないのか?これだからアングロサクソンは信用できないんだ。ダイヤモンドは迷惑料として没収します!(すみません、言い過ぎました)

  • 26Dec
    • 盗むの画像

      盗む

       その昔(今から数十年も前のこと・・・もう時効成立だから告白しますが)温泉宿から浴衣を無断で持ち帰ったことがある。今でも大事に使っている。着るたびに後ろめたさを覚える。(温泉宿の浴衣は長持ちするのである) その後何年も経ったある時、愛知県の有名旅館に宿泊した折、部屋着の作務衣を買って帰った。(結構高かった) 韓国メディアSBSによると、コストコのフードコートで最近になり、最新の無料ミンチタマネギマシンが消えたという話題が国内で話題になっていると報じています。 記事によると、コストコのフードコートではホットドッグを購入した客に対して、無料でミンチタマネギを提供していたもののこれが先日から無くなったといいます。いったい何があったのでしょうか。 韓国メディアによると(原文のまま紹介すると)『タマネギ泥棒』が現れたためだとしています。 このタマネギ泥棒とはコストコのフードコートに現れる人間のことで、韓国のネットユーザーによるとビニール袋を手に無料のミンチタマネギを持ち去る人間を目撃することが多かったそうです。 また、食べられないほど多くのミンチタマネギを皿に盛り、残していく人間も多かったそうです。 世界に店舗を設けているイケアは、寸法を計ったりメモ用として鉛筆と巻き尺を備品として設置しているものの、韓国では鉛筆だけが大量に盗まれていると報じられています。 その量が尋常ではなく、オープン時に2年分の鉛筆を用意していたものの度重なる盗難でわずか2ヶ月で底をつき補充する形となっていると、世界でも例を見ない異常な状態になっているといいます。 ソウル永登浦区にあるネットカフェには入り口のカウンターに「ヘッドセットやマイクを盗んでいる人を申告すれば4万ウォン(約4,000円)を渡します」という文言が提示されているといいます。 このネットカフェではマウスや携帯電話の充電ケーブルが盗まれる被害が相次いでおり、備え付けられているヘッドセットは月に10個以上盗まれるなど被害が出たことから苦肉の策で褒賞金制度を実施しているそうです。 どこの国の店舗でも多少はこのような盗まれると言う行為は確認されていると思われるのですが、韓国では目立って酷いということのようです。 文化ですかね~。

  • 21Aug
    • 乗鞍三滝めぐりの画像

      乗鞍三滝めぐり

      2019年8月19日(月)高岡ウオーキング協会の特別例会で、乗鞍高原「番所大滝」「善五郎の滝」「三本滝」を巡ってきました。参加者70人、バス2台での日帰りでしたが、帰りのバスに乗った途端にガスが。普通滝は山の奥深く入ってようやく巡り合えるものだと思っていましたが、梓川の支流「小大野川」は乗鞍岳の主峰「剣が峰」に端を発するらしく、県道からそんなに遠くないところを流れている。それでもやっぱり上り下りの階段が多く、足腰にきます。集合場所の高岡駅瑞龍寺口におわす「利長公」富山駅でも参加者を乗せ満員に富山から約3時間、「JAあずみ」の後ろから遊歩道を入るとまもなくこんな渓谷に出会える。渓流沿いに遊歩道が整備されている。いくつかの橋を渡る「番所大滝」駐車場から急階段を降りると滝がある。高さ40メートルの「番所大滝」。こんな滝御台も珍しい。11時、二番目の「善五郎の滝」入口に着く。この滝は林の中をしばらく歩かなければならない。歩くこと12分、滝が現れた。滝のすぐ前に橋が架かっていて瀧見台の代わりになっている。滝から歩くこと30分、「牛留池」に着く。 これは「曲がり松」だとか残念ながら今日は「剣が峰」は雲の中ここからは自然休暇村まで結構な木道が続いている。12時、三つ目の「三本滝」へ向かう。12時15分、滝まで20分の下り。吊り橋を渡ればもうすぐ三本滝右に目をやれば・・・三本の滝が離れていてカメラに収まらないこれが三本滝14時 畳平に到着、「魔王岳」へお花畑はガスの中そろそろ脚が・・・当協会恒例の集合写真バスに乗ったとたんに視界が・・・だいぶお疲れの様子スキー場のあたりで見かけた「ヤマハハコ」これは・・・・イワキキョウ

  • 25Jul
    • 久しぶりに「白木峰」への画像

      久しぶりに「白木峰」へ

      2019年7月24日(月) 急に梅雨明けのような気温になった。気象庁はまだ言ってないが、たぶん梅雨はあけたんだろう。久しぶりに白木峰に行きたくなって、9時に家を出る。八尾の町を過ぎて、トンネルの入口で、川沿いの道は交通止め。山越えのう回路を行く。11時、8合目の駐車場に着く。車は7~8台。今はニッコウキスゲの時期だから、週末は満員になる。途中、6人くらいのチャリダーを追い越した。山で会うかな?白木峰は8合目まで車で行けるし、直登もあるし、のんびり歩ける管理道路もあるから、初心者にはちょうどいい山です。頂上からの眺めは素晴らしいですよ。岐阜県側は低いけど幾重もの山々が連なり、富山県側は山の向こうに人里が見え、その向こうには富山湾が見える。山頂からは木道が延々と続く。駐車場・・・降りてきたときに撮りました。管理道路が頂上の下まで続いているが、車はここで通行止め。とりあえず、第一ステージは登山道を直登。15分登って管理道路に出る。ちょっと息切れがするので、ここから管理道路をのんびり行くことに。ここは二段目の登山口大葉ギボウシが群生していた。秋でもないのに「アキアカネ?」アザミの花にハチの赤ちゃんと虫が見えますか?ところどころに「ササ百合」が。下界じゃとっくに終わってます。30分ほどのんびり歩いていると山荘の下に着いた。今回は山荘経由で頂上へ行こう。今日初めてのニッコウキスゲの群生。なぜか山荘は鍵がかかっていた。前はソーラーはなかったな~。頂上へ向かう余中、若い作業服の二人に出会う。振り返ると、山荘を開けていた。秋のキリンソウニッコウキスゲは一日花。二つ同時に開くのは珍しい。白木山荘から頂上へ急に谷の下からガスが登ってきた。ニッコウキスゲの群落ニッコウキスゲはどこにでもあるわけでもない。池の周りのニッコウキスゲ延々つづく木道これが池塘あの頂の向こうはどうなってる?大葉ギボウシを真上から頂の向こうはやっぱり木道がここは「小白木峰」小白木峰から頂上を望む真新いい木道がどこまでつづいてる?12時もだいぶ過ぎたし、この辺でお昼にしよう 割り箸を忘れたから木の枝で岐阜県側の山並みそろそろもどることにしよう途中でチャリダーの一行とすれ違う。男性5人、女性1人富山から来たそうだ頂上に戻ってきた下りの階段チャリダーの自転車が帰りは通行止めだった川沿いの道は解除されていた。除草中だったらしい。帰着は4時。7時間の山旅でした。下に降りたらムシムシ・・・・・やっぱり山は涼しい。でも、そろそろ脚が・・・・

  • 27Apr
    • ^伊豆半島野宿旅・・・石廊崎~城ケ崎への画像

      ^伊豆半島野宿旅・・・石廊崎~城ケ崎へ

      昨日のこともあってか眠れない。眠れない夜は結構長い。今日も暗がりから出発することにした。4時20分、道の真ん中でシカに遭遇。シカは慌てる様子もなくゆっくり消えていった。まもなくしてこんどはカモが道を散歩。こっちも慌てない。川や湖はないから飼われているのか。4時40分 山の稜線が見え始めると、ひばりと鶯が鳴き始める。5時20分 「あいあい岬」に到着。朝飯にする。5時20分 あいあい岬うどんを作った後今晩の晩酌のつまみに、道の駅で買った蕨の灰汁抜きをする。(重曹はスーパーで買っておいた)6時過ぎ出発。すぐに「ゆうすげ公園」というのがあったので寄ってみる。若いアベックが一組、こんな時間に・・・・ここはもう石廊崎の手前だ。アベックの邪魔をするのも気が引けたが、すぐ退散しますから。さすがにアベックの前では気が引けたので写真だけに。自分にはこんな時代はあったのかな~こんな時間からボート?・・・たぶん釣り人を送ったのかも6時30分 石廊崎漁協に着く。これを登ればいいのかな? 参道? 灯台じゃないの?参道の坂道を登っていくと、大きな駐車場があった。そういえば、途中にオーシャンパークとかいう看板があったが、そうかそこから入るのかなんだかばかばかしくなってそこまで戻ることにした。なんだか出来立てみたいだけど・・・あれれ~~またまた判断ミスをしてしまったようだ。戻らずにそのまま灯台まで行くべきだった。どうも判断が短絡にすぎるようだ。 これは少々問題かも。結局また漁港へ戻るのもばかばかしいので灯台はあきらめることにした。伊豆に行くということは石廊崎へ行くということじゃないの?なんだか自分が情けなくなってきた。北海道の神威岬のようだったのか、残念!(ネットから)気を取り直して「下田公園」へ。ここは素通りできない。今は4月22日月曜日の7時45分。海中水族館の駐車場に着いたが、誰もいない。遊歩道のような坂道を登る。伊豆半島最大の山城か。日本には3万とも4万ともいわれる城址があるらしい。何か所かある展望台の一つから下田港を望む。一見ブロンズ風の裸婦像がたくさんあったが、指先でつつくとカンカンと音がした。たぶんFRPかも。「伝天守台」ということは・・・・犬走島海中水族館公園の下は海岸沿いに車道がある。「泰平の 眠りを覚ますじょうきせん たった四杯で 夜も眠れず」私が生まれるわずか90年ほど前のことか~https://www.surugawan.net/guide/27.html河津はスルーする。河津にも別荘地があったんですね。何日かぶりに風呂に。1500円は高い。露天風呂から見える光景。手前の木は見えない。浴槽と海が続いて見えた。11時20分城ケ崎海岸に着く。平日だが観光客も多い。福井の東尋坊のようだ。灯台の上に上ることができる。いいですね~ここは渡らなかったが、寸又峡の釣りはしよりは・・・14時半、熱海の別荘地。あとはひたすら走り続ける。16時30分 山中湖畔を通過。19時、塩尻の「小坂田公園道の駅」で野宿。帰りも安房峠を通って午前中に帰宅する。5年間の野宿旅も今回で終わりにしよう。私も少々生きすぎたかもしれない。

  • 25Apr
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      伊豆半島野宿旅・・・堂ヶ島~救急病院へ

      4月20日13時半過ぎ、気を取り直して寸又峡を出発。国道1号線をひたすら沼津を目指して走る。1号線はさすがに早い。沼津を過ぎて修善寺の道の駅「伊豆のへそ」を目指していると、「いず函南ゲートウェイ」という道の駅があったので急遽そこへ車を入れる。出来立ての道の駅らしい。それにしても立派だ。コンビニ併設でおまけに横断歩道橋で「川の駅」なるものと繋がっていた。月末オープンらしい。今日は土曜日、駐車場はいっぱいだ。もちろん野宿組の県外車も多い。売店の「蛍の光」を聴きながらつまみになるものを買うと、レジのお姉さんが「もうおわりだから」と稲荷ずしをくれた。もう日も暮れていたので、車の中で一人(いつも一人だが)晩酌をする。ちょっと多めに飲んだ後、貰った稲荷ずしを食って寝る。ここは伊豆、さすがに寒くはない。4月21日(日) 朝6時、ちょうど太陽が山の上から顔を出したころで、目の前には富士山がうっすらと見えている。隅っこのベンチで富士山に朝日が当たって・・・と期待しながらうどんを食っていると、隣の車の人が話しかけてきた。「これからどちらへ?」「半島をぐるっと」「昨日はどちらへ?」「寸又峡へ行ったんですが・・・・・・・」地元の人に悪いと思いながらもついつい愚痴が・・・この人は富士吉田あたりの人で、新しい道の駅ができたから奥さんと見に来たという。え~ 朝の6時だよ。野宿でもした?ひとしきり富山の魚やら立山の話やらをして、6時半過ぎ出発した。とりあえず駿河湾にでて海岸線を走るが、奇岩景勝はどこに?行けどもあるのは小さな漁港ばかり、それでも駿河湾越しの富士がうっすらと。駿河湾越しの富士山 富山湾越しの立山連峰と同じようなものか。戸田漁港の先にポッコリと浮かぶ島なんで横になるの?お天気がいいとこう見えるそうです。なにやら岬が見えてきた。御浜岬というらしい。岬を望む展望台。中国の人はこんなふうにするのが習慣なんですね。10時 ようやく絶景が現れた。ここは西伊豆の「黄金埼」聞こえてくるのは中国語あれ ここ歩くの忘れた~そんな百景があったのかなんだか水平線が丸くないですか?岩の上の釣り人はどうしてあそこに行ったのか?」田子漁港沖に浮かぶ島堂ヶ島です。水平線上に見える烏帽子山の手前が岩地右から「高島」「中の島」「象島」干潮になると道が現れる。トンボロ現象というらしい。潮干狩り?仁科とか言ったか遊歩道の標識を見たのが運のつき。すんなりトンネルを過ぎてしまえばよかった。案内図を見ると一周1キロ程度。軽い気持ちで水も持たずに階段を上った。あんまり人は通らないのか、遊歩道というより山道。ようやく湾が見えるところまで来たが、遊歩道は右へ行くが、まっすぐ行ってしまった。岬を遊歩道が一周していると思い込んでしまったようだ。どんどん進んでいくと、とうとう海岸の岩場に突き当たってしまった。普通に考えれば、ここで来た道を戻るのが常識なのだが、崖を登ってしまった。岬の頂上を超えて反対側へ出れば遊歩道があると思い込んでしまった。高さもわからない足場の悪い急勾配の崖を登るのに相当時間と体力を使ってしまった。上から海面を見ると相当高い。100メートルはあるかもしれなi.登りきるとそこは藪。反対側の竹藪を降りる。ところが、見えてきたのは海。ここでやっと自分が迷子になったことを悟る。とりあえずもう一度頂上へ戻ることにした。太陽はほぼ真上。地形も把握していない。崖の上り下りでだいぶ体力も消耗してしまったし、口の中がからから。無駄に動くのは得策ではない。119に電話した。そこはどこだ?と聞かれるが、それがわからない。とにかく自分の車を探して下からマイクで方向を示してほしいと頼んだ。レスキュー隊を派遣するからそこを動くなと言う。さ迷った小さな岬。冷静に考えれば、どっちに降りるべきかはわかったのかもしれないが、その冷静さを失ってしまった。おまけに脱水症状まで起こして、歩けなくなった。仕方なく救急搬送を依頼した。この年になっていろいろ初体験することになってしまった。点滴を受け、血液検査だけすませて、5時半ごろ病院を出た。タクシーで車を取りに行き、6時半ごろ、松崎町の道の駅「「花の三聖苑伊豆松崎」で野宿。ちょうど山の稜線に夕日が沈む。今日もさんざんな一日でした。

  • 24Apr
    • 伊豆半島野宿旅・・・諏訪湖畔~寸又峡の画像

      伊豆半島野宿旅・・・諏訪湖畔~寸又峡

      久しぶりに野宿旅に出た。一昨年秋の東北以来だ。2014年夏の北海道一周から始まった日本一周野宿旅。2015年の5月に四国から山陰、熊本を回った中途半端な旅。2015年夏には紀伊半島を巡り、2016年の夏には信州から青木ヶ原を経て高尾の山に登り、11月に再び九州へ。2017年には能登を回り、信州を縦断し、東北地方を回ってきた。去年は何をしていたんだろう?大体ではあるが一応北海道から九州までは走ってきたし、根気もなくなってきたこともあって、以前のような欲求が湧いてこない。あとは伊豆半島と房総半島が残っているが、房総はあんまりイメージが湧かない。ということで、平成の最後に「伊豆半島」でも回ってこようかと思い立った。1年のブランクもあって、支度に少々手間取ってしまい、10時出発。どうせフリープランなんだから、時間は気にしないことにする。伊豆は何年か前に河津のツーデーウオークで行ったことがあるだけ。その頃は市場の仕事をしていたので、次の日の朝3時から仕事があった。他の同行者と別れて友人と二人、日曜日の早い時間に帰った。河津桜は2月、日本で一番早い桜まつりがある。川の堤防の上の長い桜並木は見事だった。ソメイヨシノに比べてピンクの強い色が気に入って苗木を一本買った。その桜は氷見海岸で国道160号を行く人々を楽しませている。今はもう人の手に渡ってしまったが・・・・安房峠へ向かう途中、穂高の山が見える。飛騨から信州は今が満開。4月19日 午後5時40分、諏訪湖畔に着く。今日はここで野宿。焼酎の水割りを持って、湖畔の公園を散歩する。謙信の娘八重垣姫の悲恋物語?・・・・人形浄瑠璃の有名な演目らしい。越後の武将上杉謙信の娘八重垣姫と甲斐の武将武田信玄の息子勝頼は、足利将軍の仲介で婚約していました。ところが将軍が暗殺され、両家に疑いがかかり、犯人を見つけ出せなかったために、勝頼は切腹を命じられてしまいます。悲しみに暮れる八重垣姫でしたが、死んだのは偽者で、本物の勝頼は花作りに身をやつして生きていたことを知ります。しかし父謙信も、その秘密を知り、勝頼に刺客を差し向けるのでした。八重垣姫はそのことを勝頼に知らせようとしますが、女の足では刺客に追いつけず、諏訪湖は凍っているため船を出すこともできません。そこで奥御殿にまつった諏訪明神の力が宿る兜にお祈りすると、不思議な事に狐が現れます。八重垣姫は兜を手にして、ここかしこに燃え立つ狐火を力に、勝頼のもとへと急ぐのでした。面白い公園ですね。地元の高校生が公園の周りを走っていた。カモが食事中?車の中でラジオを聴いていたら、「285g体長20数センチで生まれた世界一小さな子供が、3800gになって退院すると」というニュース。医療の進歩の成果ですね。病院も親御さんもさぞかし・・・。ほんとにおめでとうございます。4月20日 寒くて眠れないので4時ごろ出発する。4時50分 駒ヶ根で駒ケ岳に月が沈む。夕日が沈むのは何度も見たが,月が沈むのは初めて見た。早速ラジオが言った。「平成最後の満月です」と。中央アルプスと南アルプスの間を南下中、腹が減ってきたので脇道に入ってうどんを食う。このあたりは花モモが多いようだ。夕べ飲んでいて不意に計画を変更してしまった。伊豆半島に直行するつもりだったが、何を思ったか急に「寸又峡」へ行こうと思った。大井川鉄道の番組でよく見る光景が頭をよぎった。あそこは北側からは行けない。諏訪から一旦浜松まで南下して362を北上することになる。これがけちのつき始めとなった。桜と連翹のコラボレーション。普通桜と菜の花か水仙が多い。遠州(浜松浜北)から320号で北上、大井川へ向かう。そうか、ここはお茶所だった。農林大臣賞を受賞したこともあるらしい。お昼過ぎ到着、500円を払って延々歩くことになる。15分ほど歩くと吊り橋が見えてきた。ずいぶん階段を降りることになるようだ。水の色が峡谷らしくないのは?嫌な予感がよぎる。勝手に「黒部峡谷」をイメージしていた私が悪い。若いアベックが黄色い奇声を発している。まあ、長いだけに結構揺れる。面白くもない「プロムナードコース」を歩く。結局吊り橋だけか?「期待は裏切られるもの」・・・とは誰が言った?                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

  • 04Apr
    • 「スカラベ」の画像

      「スカラベ」

      フランスの生物学者であるジャン・アンリ・ファーブルが著書『昆虫記』の中で研究したスカラベ・サクレには、タマオシコガネやフンコロガシという和名が充てられて紹介され、有名になった。 古代エジプトでは、太陽を崇める習慣があった。ある時、フンコロガシが糞を転がす姿を見たエジプト人は、まるで太陽を動かす神の化身のようだと思ったそうです。またフンコロガシは太陽神「ケプリ」の生まれ変わりだとされ、「スカラベ」と呼ばれるようになった。「スカラベ」は聖なる甲虫という意味があるそうです。ちなみに、ケプリはエジプト神話に登場し、フンコロガシの頭を持つ男性の姿をしている。べつに「フンコロガシ」の話をするつもりじゃなかったんですが、先日BSプレミアムのファーブルの物語を見ていて、ふと思い出したことがあった。実は定年後数年間青果の仲卸でアルバイトをしたことがある。仕事の内容は単純労働で、各スーパーに届ける品物を大きな山からそれぞれの店に行く籠に仕分けるのである。朝3時に仕事は始まる。ということは2時半過ぎには家を出なければならず、そのためには2時過ぎには起きなければならない。最初の うちは結構きついが、そのうち慣れてくると自然に目が覚めるようになる。そうなると自然に寝るのも早くなる。フンコロガシを見て何を思いだしたかって?建物の壁際には所狭しと配送用の籠が並べられている。60×80×180くらいのキャスター付きの金属の籠である。我々の仕事は、運ばれてくる品物の山を金属の台車に乗せて、その籠に運ぶのである。その籠は朝の5時過ぎに4トントラックで、各スーパーに運ばれる。フンコロガシと同じでしょ。高い空から蟻の集団を見るようにその動きを見れば、まさにフンコロガシですよ。フンコロガシは動物が排泄した新鮮な糞の匂いを嗅ぎつけるとすぐに飛んできて、ノコギリのような前足で切り取り、適当な大きさにまとめると後ろ脚を使って巣に運ぶ。フンコロガシは地球の自然環境を守るために重要な任務を負っているのである。

  • 10Mar
    • 風土‥…〈定年後なぜか本を読まなくなった〉

      去年の11月、本を処分するために分別をしていたら、和辻哲郎の「風土」が二冊もでてきた。一冊は1982年第6刷の文庫本。当時400円、もう一冊は2011年第41刷の文庫本で660円。さすがはベストセラーではありますが、こんなわけのわからない本をだれが読むんですかね。無理やり要約すると「人間は風土に規定される」とでもいうか・・・・・ところが、本の序言にはこんなことが書いてある。『この書の目指すところは人間存在の構造契機としての風土性を明らかにすることである。だからここでは自然環境がいかに人間生活を規定するかということが問題なのではない・・・・・・』と。哲学者の本というものは、わからないからといってあきらめてはいけない。睡眠導入剤のつもりで我慢して字を追っていると、なんとなくわかる場面が出てくる。この本も読み終えてみると結構忘れがたい本になった。それが同じ本が二冊になった所以かもしれない。参考までに「家」についての考察の部分を記しておきます。第3章 モンスーン的風土の特殊形態 二 日本  イ 台風的性格・・・・・かくして「家」としての日本の人間の存在の仕方は、しめやかな激情・戦闘的な恬淡というごとき日本的な「間柄」を家族的に実現しているにほかならぬ。そうしてまたこの「間柄」の特殊性がまさに「家」なるものを顕著に発達せしめる根拠ともなっているのである。なぜなら、しめやかな情愛というごときものは、人工的・抽象的な視点のもとに人間を見ることを許さず、したがって個人の自覚にもとづくところの、より大きい人間の共同態の形成には不適当だからである。そこで「家」なるものは日本においては共同態の中の共同態として特に重要な意義を帯びてくる。それはまさに日本の人間の存在の仕方の特殊性なのであって、それにもとずいた家族制度というごときイデオロギーよりも一層深い根底的な位置を持っている。家族制度が現代において徳川時代のごとく顕著に存せざることは何人も承認するところであろう。しかし、現代の日本の人間の存在の仕方は、「家」を離れているであろうか。ヨーロッパの近代資本主義は人間を個人として見ようとする。家族もまた経済的利害による個人の結合として理解せられる。しかし資本主義を取り入れた日本人は「家」において個人を見ず、個人の集合において家を見るようになったであろうか。我々は然りとは答えることがきでぬ。もっとも日常的な現象として、日本人は「家」を「うち」として把握している。家の外の世間が「そと」である。そうしてその「うち」においては個人の区別は消滅する。妻にとっては夫は「うち」「うちの人」「宅」であり、夫にとっては妻は「家内」である。家族もまた「うちの者」出会って、外の者との区別は顕著であるが内部の区別は無視せられる。すなわち「うち」としては「距てなき間柄」としての家族の全体性が把捉せられ、それが「そと」なる世間と距てられるのである。このような「うち」と「そと」の区別はヨーロッパの言語には見出すことができない。室の内外、家の内外を言うことはあっても、家族の間柄の内外を言うことはない。・・・・・・・・・かく言語において表現せられていることは同時に「家」の構造にも現わされている。すなわち人間の間柄としての家の構造はそのまま家屋としての家の構造に反映しているのである。まず第一に「家」はその内部において「距てなき結合」を表現する。どの部屋も距ての意志の表現としての錠前や締まりによって他から区別せらるることがない。すなわち個々の部屋の区別は消滅している。たとい襖や障子で仕切られているとしても、それはただ相互の信頼において仕切られるのみであって、それをあけることを拒む意思は表されておらぬ。だから距てなき結合そのものが襖障子による仕切りを可能にするのである。・・・・・・・・・・・・第二に「家」はそとに対して明白に区別せられる。部屋には締まりをつけないにしても外に対しては必ず戸締りをつける。のみならずその外にはさらに垣根があり塀があり、はなはだしい時には逆茂木や濠がある。そとから帰れば玄関において下駄や靴を脱ぎ、それによって外と内を区別する。外に対する距てが露骨に現れているのである。かくのごとき家が日本においては依然として存続している。そうして単に外形的にのみならず生活の仕方をも規定しているのである。それが人間の存在の仕方としていかに特殊的であるかは、ヨーロッパのそれと比較することによって明らかになる。ヨーロッパの家の内部は個々独立の部屋に仕切られ、その間は厚い壁と頑丈な戸によって距てられている。その戸は一々精巧な錠前によって締まりをすることができ、したがってただ鍵を持つ者のみが自由に出入りしうるのである。これは原理的にいって個々相隔てる構造と言わねばならぬ。内外が第一に個人の心の内外を意味することは、家の構造に反映して個別的な部屋の内外となるのである。だから部屋の戸口から出ることはちょうど日本において玄関から出ることと同様な意味を持つ。室の中では、すなわち個人的には真裸でもよい。しかし室を出て家族の間に加わるときには、きちんとしていなくてはならぬ。一歩室を出れば、家庭内の食堂であると街のレストランであると大差はない。すなわち家庭内の食堂がすでに日本の意味における「そと」であるとともに、レストランやオペラなどもいわば茶の間や居間の役目をつとめるのである。だから一方では日本の家にあたるものが戸締りをする個人の部屋にまで縮小せられるとともに、他方では日本の家庭内の団欒にあたるものが町全体に広がっていく。そこには「距てなき間柄」ではなくして距てある個人の間の社交が行われる。しかしそれは部屋に対してこそ外であっても、共同生活の意味においては内である。町の公園も往来も「内」である。そこで日本の家の塀や垣根に当たるものが一方で部屋の錠前にまで縮小したとともに他方で町の城壁や濠にまで拡大する。日本の玄関にあたるものは町の城門である。だから部屋と城壁との中間に存する家はさほど重大な意味を持たない。人はきわめて個人主義的であり従って距てがあるとともに、また極めて社交的であり、従って距てにおける共同に慣れている。すなわちまさしく「家」に規定せられるということがないのである。日本人は外形的にはヨーロッパの生活を学んだかもしてない。しかし家に規定せられて個人主義的・社交的なる公共生活を営み得ない点においては、ほとんど全くヨーロッパ化していないといってよいのである。路面にアスファルトを敷いても、それが足袋裸足で出ていける場所であると誰が感ずるであろうか。あるいはまた靴を履いても、そのままで畳の上にも上がれる履物であると誰が感ずるであろうか。すなわち「家の内」と「町の内」との同視がどこに存するであろうか。町をあくまでも家の外として感ずる限り、それはヨーロッパ的ではないのである。開放的な日本の家屋に住み得る限り、彼らは依然として「家」に規定せられているのである。

  • 10Dec
    • 大辻山への画像

      大辻山へ

      2018年11月19日 思い立って「大辻山」へ出かけた。北アルプスを眼前に一望するには「桑崎山」と「大辻山」がいいという。出来れば春の真っ白なアルプスを見たいが、一応初冠雪はあったらしいから見に行くことにした。中央手前の尖った山が「大辻山」大辻山線の途中にある「国立青少年自然の家」鍬崎山とゴンドラスキー場が見える林道大辻山線から北アルプスを望む、左手前の山が「大辻山」中央右の尖った山が「桑崎山」富山平野と富山湾を望む林道から山に入る二つの峰を超えていく奥に見えるのが「大辻山」?常願寺川と「立山大橋」が見えるそろそろ頂上が近いか急に目の前が開けた大日岳と大日平称名滝が正面から見えるのはここだけ?称名滝下山と途中見かけた立山杉7時間(トレッキング4時間)の山行でした。

  • 20Nov
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      本を捨てる

      本を捨てる・・・・この歳になるまで考えもしなかったことを、突然思い立った。そろそろ少しずつ捨てていこう。できれば自分自身もどこかに捨てたい。手始めに本から捨てよう。いつの間にこんなに増えたのか。どれだけの時間を本に費やしたのか。それは自分にとってどんな時間だったのか。今となってはすべてが無だ。無駄とは言わないが。これで概ね二分の一くらい文庫本は3分の2ほど捨てた

  • 04Jul
    • 乗鞍岳への画像

      乗鞍岳へ

      「明日は駐車場に北陸電力の工事車両が入るから、車を停めないでください」え~~~他に置くところがないよ。明日も暑くなると言ってるし、この際乗鞍へでも逃げるか。というわけで、急遽、来年のバスウオークの候補地を下見に行くことにした。二日もあればなんとかなるだろう。例によって野宿道具を積み込んで7月2日9時に家を出た。国道41号線を南下。神岡を経て安房トンネルから国道158号で松本方面へ。前川渡から乗鞍へ。観光バスならスカイラインを通れるので30分は時間短縮できるはず。一昨年の上高地と変わらないだろう。今回は「畳平」と「三本滝コース」「善五郎滝と牛留池コース」「番所大滝コース」を下調べする予定。とりあえず「乗鞍観光センター」へ行くことにする。前川渡から乗鞍へ行くにはトンネルを通りすぎてUターンして左折するようになっていた。前川渡を曲がった途端に変な風景が飛び込んできた。畳平へのバスは昨日(7月1日)から始まったばかり。今日2日は月曜日ということもあって、観光センター駐車場も閑散としている。駐車場向かい側の土産物屋から乗鞍岳の山並みが見えた。ここには実にいろんな案内看板がある。県道(48)を中心に様々な散策コースがある。観光センター駐車場にニッコウキスゲが少しだけ咲いていた。14時のバスで畳平へ向かう。50分かかるらしい。畳平から自転車で降りてくるチャリダーが結構いる。ということは、この道を自転車で登った?バスの乗客も少ないので、運転手さんと車掌さんとで話し込んでしまった。この有料道路は昭和30年代に自衛隊の訓練の一環として作ったらしい。舗装されたのが昭和50年代だとか。そういえば半世紀くらい前だったと思うが、雪渓スキーなんかできもしないのに、誘われて金魚のうんこでスキーをしに来た記憶がある。あの時は駐車場は砂利の状態?ここでは来年の雪までスキーをしにくる人がいると言う。14時55分到着二階建ての「乗鞍本宮」乗鞍岳の主峰は「剣ヶ峰」だが、乗鞍岳の名称は一帯の名前だそうだ。鶴が池魔王岳から右上「摩利支天岳」の頂にあるドームは「自然科学研究機構」の乗鞍観測所その左が「富士見岳」主峰の「剣ヶ峰」はここからは見えない。とりあえずターミナルの前にある「魔王岳」に登ってみるコマクサの群生?があった高山植物の代名詞「コマクサ」魔王岳の頂乗鞍バスターミナルその後ろが「不動岳」?ターミナルの後ろがお花畑魔王岳の下に見えたのは「亀が池」?ひょっとして鶴と亀?これが有名な畳岳のお花畑「ハクサンイチゲ」が中心でした。ピンクの花は「コイワカガミ」お花畑へ通じる地下に「自然博物館」があった15時のバスで降りる今日はここで野宿品川ナンバーや多摩ナンバーの関東勢、大阪やなにわの関西勢が多い。富山ナンバーはゼロ。晩酌のつまみを忘れたので、向かいの土産物屋でウドのしょうゆ漬けを買う。3日5時。乗鞍岳に朝日が当たる今日も暑くなりそう。ラジヲで長野は36度になると言っていた。ここは上高地と同じ標高1500メートル。夜は相当冷えると思い、股引やら長袖の下着を持ってきたが、全く不要だった。今日は滝巡りとするか。5時半 インスタントラーメンとコーヒーで朝飯を済ませ出発するとりあえず観光センターから一番近い「善五郎滝と牛溜沼コース」から15分ほど歩くと「善五郎滝」が現れた広い場所はないから一列でゆっくり通り過ぎるしかなさそうだ休暇村が見える滝から歩くこと20分、牛留沼にあづまやがあった乗鞍岳が一望できる結構絶景である水芭蕉のお化けみたいな葉っぱはなんだ?牛留池を一周して休暇村の横にでたここでバスに乗って次の「番所滝コース」へ行くことになるかな。三本滝は畳平への一般車進入禁止道路入り口だから、畳平の帰りにするのか、それとも・・・・バス2台とすると、三本滝は行って来いのルートだから、70~80人が同時に行動するのは難しい。1台は畳平~三本滝、1台は三本滝~畳平と分ける手もあるか?そうすると、帰りにスカイラインを通ることになる。このあたり一帯はスキー場になっているレストハウスの裏から滝へ向かう吊り橋を渡る吊り橋の下流これも一応滝?レストハウス裏から歩くこと12分 三本滝に着く。真ん中の滝 午前8時 ちょうど虹がかかっていた。安物のカメラでフィルターもないから薄い虹が判りにくい。右側の滝。結構迫力だ。滝の高さは5~60mだそうだが、結構幅がありますね。右側と真ん中の滝。真ん中の滝と左側の滝、水量も少なくわかりにくい。せめて名前くらい付けたら?帰りに吊り橋を上から撮るここは今がラベンダーか道端で野猿が日向ぼっこ三つ目の「番所大滝」へたぶんウオーキングでは最初になる上流から歩いて下流へ行くか?川沿いに歩くここも橋を渡るこれが千間渕か張り出しの木道さっき渡った橋滝を目の前に見る滝見台へ降りるここへ出てくる途中松本のカメラマンと出会うここに車がないから「車はどこへ停めた?」と聞く三本滝の虹や畳平のお花畑の話をして別れる。これで大体の見当はついたことだし、今回の調査は終了としよう。朝の7時に高岡を出て畳平で11時過ぎか。三つの滝巡りをして畳平からスライラインで帰れば夕方には付けるか?。80人もの団体で行動すると時間通りにはいかないから・・・帰り道国道471号線の細越で岩山が目に入った。頂に祠が見える。岩の麓に杖石の農産品直売所があった。平日で無人販売になっている。キュウリ4本で100円。一袋買う。(もちろん100円は入れましたよ)日本人はなぜかこういうところには決まって祠を建てる。そしてなぜか弘法大師の名前が出てくる。こういうのを見るとなぜか登りたくなる。高さ70メートルか~ 結構あるな~少し登ったところにも祠があった。ほとんど鎖場缶の中に100円玉を入れるとカーンと音がした。お賽銭が入っていない証拠だ。チャリーンと言うまで入れようかと思ったが、当方もいろいろ事情があるので・・・頂から高原川の上流を望む