この記事はちょっと辛く重い。そういう記述をお読みになりたくない方は、飛ばしてください。

 

とても悲しく、とても悔しく、とても心に重い…そしてやりきれない。

ポプラさんのブログを転載させていただきます。

児童福祉法という法律があるのをご存知の方も多いと思う。以下が最初の児童の権利についてである。

 

第一章 総則

第一条 全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのつとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する。

第二条 全て国民は、児童が良好な環境において生まれ、かつ、社会のあらゆる分野において、児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、心身ともに健やかに育成されるよう努めなければならない。

○2 児童の保護者は、児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負う。

○3 国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。

 

 

今回の事件も様々な合成の無駄や無関心、思慮の足りなさが引き起こしたと思う。責任は私達全てにあると思う。

 

「心愛」というそれは愛らしい名前をつけるほど、その誕生を喜んだに違いない。なのにどうしてと頭の中を駆け巡る。何故、父親の中にブレーキがなかったのか? 死に至るまで暴力を振るなんて、理解できない。そして、自らを振り返り反省もする。よく叱ったものだ、大声も出した…少なくとも、大きくなって自立できる歳まで成長したことを感謝している。

 

今も「なぜ」が頭の中を駆け巡る。なぜ、助けることができなかったのか? 「たられば」なだけである。

 

この教訓を全ての人々が心に刻み、二度と同じような事件が起きないようにと心から祈るばかりである。

 

心愛ちゃんのご冥福を心からお祈りしております。虹の向こうで幸せな心でたっぷりの愛の中で過ごしていることを願っています。

 

 

最後までお読みくださいまして、どうもありがとうございます。