会社の前社長が亡くなった。
もう80を過ぎているので、まぁ、特別どうって事もないのだが。
前社長は先週の土曜日に亡くなったそうだ。
具合が悪いだとか、入院しただとか
そう言った話は全く耳にしていなかったので、
「急」と言う意味では驚いたのだが。
月曜日の朝礼でその発表があって、
母さんは頭の片隅で「夏に着られる喪服持ってないな~」なんて
そんなことを考えていたんだけど
その後、打ち合わせの度に「なんかショックで……」と、涙ぐまれたり、
「今日は集中できない」「S局の誰々さん泣いちゃって」なんて話を耳にしたりした。
かつての私の上司だったアホプロデューサー女史も
「なんか……もう、思った以上にショックを受けてる自分に驚いてるの」なんて、
涙を拭きながら、また使えもしない提案を繰り広げてきて、大いに私を呆れさせてくれる。
「………思った以上に、動揺もショックも受けてない自分に、驚いてる」
ポツリと武将君に言うと
「まぁ、自分はほとんど関わり無いですから同じですけど。
Kanokoさん、社歴長いですよね?」
「ね~」
前社長は会社の2人目の社長で、
母さんがこの会社にアルバイトとして働いていた頃は専務で、
母さんが働いてた部署の統括的な何かだった。
この人は、とにかく私のことを認めてくれない人だった。
理由は、母さんの服装がカジュアルでパンツだからだ。
カジュアルでもスカートだったら違ったのだ。
「いつになったら、スカートを履いてくるんだ」と
今だったらセクハラになるような一言を何度もいわれ、
都度、嫌そうな顔をされたので間違いないのだ。
こうして疎まれるような目で見られながら
母さんはこの会社で約一年バイトとして働いていた。
でもね、自慢じゃないけど
スカートなんか履かなくても、母さんは昔から仕事ができたので
あの人が母さんを認めなくても、現場の人間が母さんを必要としたんだ。
だから現場の人が母さんを社員にって推薦してくれた。
それまで、アルバイトから社員になった人は数名いて、
その先輩たちは、テストなしで社員になれたのに、
なぜか、母さんは入社試験を受けさせられた。
4大卒じゃないからだと思う。
もう、いろいろな事が鼻について、あの当時はムカついて仕方なかったけど、
就職難で、ろくな学校を出ていない自分には
4大卒じゃないと試験すら受けさせてくれない会社に入れることは魅力だった。
社員になってからも、いろいろと不公平はあった。
同期の4大卒の子は、どんどん出世をしていくけど、
母さんはいつまでたっても、バイトの頃と変わらない扱いだった。
そのくせ、新しいことをするので勤務地を変えなければならないとか、
新しい媒体を立ち上げるとか、そう言った面倒な現場には
あの頃から問答無用で投入され続けていた。
結婚して、健太くんを産んで、
産休を経て、現在の特命係長の配下に回って
立ち上げ直後でボロボロの媒体を安定化させた。
その後、部下の精神を次々と崩壊させて退職に追いやってきた
アホプロデューサー女史の下に回され、
女史の無茶苦茶を整理しながら2本の新規媒体を立ち上げて。
そうして入社から10年ぐらいが過ぎた頃、ようやくその前社長が
「やっと、お前も使えるようになってきたな」
と、言い放った時点で心の扉が決定的に鍵をかけた。
平然と私を見下す前社長の横で、
「俺も心配していた」と言わんばかりの表情で何度も頷いていたMr.T。
大して仕事もしないのに、ゴルフ仲間だから気に入られていた昼行灯部長に
フェミニンな服装と話し方だけで気に入られていたアホプロデューサー。
悪いねぇ、私はあくまで実力主義なんで。
お前らのいいようにはならねぇよ。
化粧なんかしなくても。
パンプスなんか履かなくても。
スカートなんか履かなくても、
スーツなんか着なくても、
仕事はできるんだよ。
心を閉ざして数年。
武将君と出会って3年。
部下になって半年。
今、母さんは前社長の秘蔵っ子であるMr.Tが社長を勤める、
新会社のライバルとして目をつけられ、
昼行灯部長に「新しい案件のディレクターをお願いできないか」と頼まれ
(それを武将君が即答で断り)
アホプロデューサー女史に、助けを求められる立場になったが、
それでも、あの人は母さんを認めないだろう。
これまでも、これからも、母さんはあの人の言うことを真似る気も受け入れる気もないからだ。
「自分、これまで会社にカジュアルな服で出社したことってなかったんです」
「まぁ、クリエーターの私と違って武将君は営業も兼ねてるからね。
でもお客さんに会わない日ぐらい別に何着てたっていいじゃん」
「まあね。でも、嫁に心配されました」
「仕事干されたんじゃないかって?」
「そうそう。それにスーツの時は必ずネクタイしてたはずなのに、ここ数年ノーネクタイだし」
「あ、そう言えばそうだね。太ったの?」
「違いますっ。で、どうしてこうなったんだっけな~って考えたら、
もうこれ、絶対にKanoko.さんの影響ですから」
「人聞き悪いなぁ~。気づいてない?
今日はお客さんに会うから、Tシャツの上に襟のあるシャツ羽織ってるんだよ。
まぁ、下半身はジーンズにスニーカーだけど」
「はいはい」
肝要のところに気を配れ。どうでもよいところに気をつけるものではない。(by.島津義久)
お通夜や葬儀に出て、
顔を見たら、少しは心境に変化が出るのかもしれないけど、
今はただ「ご冥福をお祈りします」という、通り一遍の気持ちしか沸かない。
そして
「あの人を見返そうという、負のパワーが私を成長させてくれました」
なんて、お美しい感想も一切思い浮かばないのだ。
もしかしたらそう感じるかな……って思いつつ、
過去を振り返りながらこの文章書いてみたんだけど、やっぱりそう思わなかった。
私は私の意思で、私の生き方をしてきたまでだ。