35年目の墓参
大学を卒業して2年目のテニス部OB会でお会いしたのが24歳の時。

次の春から東京本社勤めになり
退職して大阪に帰る直前の昭和63年に訃報に接しました。
現役テニス部時代の先生はおっかなくて頑固一徹信念の人。
僕達30期生は随分期待され、指導も厳しかったですが大きな愛情に包まれていたことはずっと感じていました。
ドイツ語の教授で、コートを離れて学内でお逢いした時の挨拶に「おうっ」と手を上げて笑い掛けてくださる笑顔の
その笑顔のなんと優しく温かかったこと。
ご葬儀はお身内だけで、とのことで、とうとうお会いできないまま永遠のお別れになりました。
墓所も京都市内というだけで分からず、墓参は僕にとって長年の懸案でした。
最近、僕達の同期から6〜7年下の期までのOB集まって年2回開催するゴルフコンペのグループラインで「墓所が分かり行ってきた」との連絡が入り
遂に思いを果たすことが出来ました。

花とお線香を供え、お好きだったお酒と煙草もお供えして
手を合わせて長のご無沙汰を詫びた瞬間
先生から僕ら学生たちがどれ程熱く深く愛されていたか、と先生への思慕に想いが至り
大きな感情の波にのまれて自分でも思いがけない慟哭。
煙草3本火を付け直すまで墓前を離れられませんでした。
大正13年のお生まれなので僕が入部して初めてお会いした時は56歳。
あの頃の先生は形式ごとや世の中のお決まり事に縛られず信念一徹かつリベラルに熱く熱く
今、その歳を遥かに過ぎて自分の行き様はどうだろう。
自分が受け継いで、育んで、身に付けたものを誰かの為に使い
誰かの為に生かし、誰かの為に受け渡していく
そんな使命感を新たにしました。
俺も頑固で優しく温かいじじぃになろうっと。