歴史は記録でもあり物語でもある。
古事記、日本書紀の頃から語り継がれ、聞くものは学ぶと共に娯楽としても興じる。
そして正史にもなるが、琵琶法師が語り、謡曲になり芝居となる。
古今東西皆が好む。
アメリカでは西部劇、日本では時代劇。
明治時代、三田村鳶魚(えんぎょ)なる作者がいる。海音寺潮五郎が傾倒していた歴史作家で、江戸時代の風俗、慣習を詳しく残している。
明治以後、大衆芸能として時代劇が確立し舞台から映画、テレビへと変遷して行く。
映画以降メディアが進歩し、単なる大衆娯楽から少しづつ高尚になり時代考証が付加される。
戦後映画が一般に普及し、所謂時代劇が史実を踏まえた内容になり、時代考証の精度が高くなるが、その教科書になったのが先程の三田村鳶魚の残した書物で有る。この名前でサーチすると、全集がゴッソリ出て来る。
ただし先程の述べた様に、江戸時代のものでそれ以前では無い。
時代劇と言うとチャンバラで、忠臣蔵、水戸黄門、国定忠治、清水次郎長、堀部安兵衛の敵討、敵討かヤクザもの。江戸時代のものばかりであった。
少しさかのぼって戦国時代も、江戸時代の風俗そのままで作成されていた。
70年代あたりから少しづつ時代考証が、歴史事実を学者などの意見や発見を取り入れ精度を高める度合いが高まる。
80年代以降顕著になり、風物、風習、慣習なども細かく気遣う様になる。
特に変わったのがチャンバラで、刀をかっこよく振り回していたものが様変わりする。
殺陣師も剣術を学び、武道家、剣術家に伝承される技を研究し、より実用的でリアルな殺陣になる。
要は見る方も作る方もリアルを求めたのである。
それはどんどん高じて行く。
NHKの大河ドラマがその好例で有る。
ところが始めは脇を固める小道具や、立ち居振る舞いで精度を高めるが、そのうちストーリーや主演にまでそれが及び、新発見の事実では有るが極端なイメージや監督や脚本家、プロデューサーまでその新解釈をそのまま持ち込み、自己陶酔に等しい作品を垂れ流す。
一時大河ドラマが朝ドラ化したと揶揄される事もある。
今世紀の作品群は目も当てられ無い。人気俳優を担ぎ、映像、小道具があれだけ金が掛かっているのに、余りにも幼稚で短絡的な脚本であったりする。
当世は小説どころか漫画であっても、精緻に考証されストーリーの構成も充実しているものが多いのに、嘆かわしい限りである。
大河ドラマは北大路欣也が主役をした、龍馬が行くからおよそ毎年見ているが、ストーリーが年々悪化して行く。
また衣装も華美で有るのは結構だが、無用に金をかけ過ぎてい、金の使い方もおかしい様に思う。
ただ時代考証のリアリティは年々向上し、汚いと報じられた平清盛の風俗は決して誤ったものでは無いと思う。
余りに奇を衒ったストーリーであるのならば、映画にでもすればいい。
評価は視聴率なんていうまどろっこしいものではなく、ハッキリ突きつけられる。
映画にも等しい映像が毎週見られるのに勿体無い限りである。