今日は父の月命日です。


昨年の11月20日に父が亡くなって
今日でちょうど半年です。


父が仕事で知り合い、
公私ともに親しくしていただいていた
東北地方の大学病院の先生が
わざわざ東京までお線香をあげに来てくださいました。


私は仕事が休めず、実家に帰れませんでしたが
亡くなってからずっと手を合わせに行きたいと
言ってくださっていて、やっと今日その日が!


天国の父も喜んでくれていると思いますしょぼん


病気が判明した後、
その先生が先輩の大御所医師に頼んでくれて
都内でも有名な医師の方を紹介してくださいました。


闘病中は医師という立場からもいろいろ
アドバイスしていただいたり励ましてくださったりして
亡くなった後も気遣ってくださり、本当に心から感謝しています(T_T)


父が亡くなって初めて
父が長年仕事で培ってきた人間関係が
どんなに素晴らしいものか知りました。


発病して翌日入院したため、
会社は突然の退職となりましたが
葬儀を故郷の北海道で行ったにもかかわらず
東京からたくさん会社の人々が駆け付けてくださいました。


父がかわいがっていた部下の方々が
もう50代位とかなのに男泣きして
家族のように悲しんでくれて本当にありがたかったです。


闘病中の父の姿勢はお世辞抜きに素晴らしかったですキラキラ
正直娘の私が驚くほどでした。


抗がん剤の副作用がどんなに辛く苦しくても、
弱音を一度もはかず、家族に当り散らすこともなく
医師や看護師に言われたことを必死で守り続けました。


最期は見ている方も胸が張り裂けそうなくらい
可愛そうで惨めな状態になったけど
最後の最後まで生きる希望を失わずに一生懸命闘い続けました。


病も死も決して喜ばしいことではありませんが、
良い点が全くないわけではありません。


家族の絆は今まで以上に深く強くなったし、
両親の夫婦の絆の強さにも感動しました。


何より今まで知らなかったお父さんの良いところを
たくさん知ることができ、
心の底から尊敬することができました。


まだまだ生きたかった父が
60代で亡くなることになってしまったのは
本当にかわいそうで残念ですが、


人間に唯一平等に与えられているのは「死」です。


人は不平等ですが、
どんな人にも必ずいつか死が訪れます。


どんなに真面目に一生懸命生きていても
ある日突然命が失われることは
誰にとっても起こりうることです。


そもそも2011年3月11日にその事実を突き付けられて
私の心は大変革期に突入しました。
このブログを書き始めるきっかけになったのも3.11です。


私にとって「死と向き合うことで生を考える」という
壮大な課題は3.11に始まり、
父の死でいったん終結をむかえたのかもしれません。


長年の葛藤と人生最大の悲しみを乗り越えて
私の心は今次の扉を開き、新しい世界に突入しました。


父が生きている間に十分に親孝行できなくて
反省することもたくさんあるけれど
後悔しても過去へはもう戻れません。


これからは父の分も毎日精一杯生きて
私がまだ生かされている意味を考えながら
自分の価値を他人や社会のために生かし、
私自身も生きる喜びを満喫することが父への恩返しだと思います。


天国で大好きな祖母と父も楽しく過ごしていることでしょう。
肉体が死んでも、魂は永遠につながっているラブラブ