今日初めて鬼太鼓座(おんでこざ)
の生演奏を聴いて、魂が震えました![]()
鬼太鼓座(おんでこざ) は40年以上も前に創立され、世界を舞台に活躍しているプロの和太鼓集団です。
以前から和太鼓は結構好きで、エクササイズとして流行ったときに習いたいなーとも思いましたが実現していません。体育会系出身の私にとっては、あの激しい運動量も素敵に見えたし、実際にやっている人の爽快感はたまらないだろうと容易に想像できるからです。
でも、聴くだけでこれほどまでに感動できるとは![]()
奏者のみなさんの鍛え上げられた身体の筋肉も美しく、何より胸やお腹に力強くズンズン響いてくる鬼太鼓ほか様々な太鼓の音色に言葉では表現できないものを体全体で感じました。
言ってみれば舞台に神聖な「神」が舞い降りてきたようでした。
神は神でも大和の神です。日本国を創り出した神の、力強く、おどろおどろしくも感じられる神代の世界に引き込まれたようでした。
その一方で不思議なことに、どの国にも共通する伝統打楽器特有の生命力を感じさせる響きから、アフリカの広大な大地にいるような錯覚にも陥りました。
大和魂を肌で感じながら、国境を超えて人間の魂に共通する真髄に心や魂が震えたのかもしれません![]()
派手なパフォーマンスはありませんでしたが、太鼓の響きには神が宿っていました。
私は無宗教ですが、これまで訪れた土地に神が宿っていると感じたことは何度かあります。オーストラリアのエアーズロックの頂上や、カナディアンロッキーのタカカウ滝などです。元々自然が好きで自然を敬愛し、畏怖の念すら感じているからかもしれません。
でも数々のコンサートや生演奏で涙が流れたり鳥肌が立つほど感動したことはあっても、神が宿っていると感じたことは今回の鬼太鼓座(おんでこざ) を入れて1~2回だけです。
これも私が今自分自身を浄化し、魂の修業に精を出しているせいかもしれません![]()
体中に太鼓の音色が響き渡って、私が必死で手放そうと努力しているいくつかの要素は吹き飛ばされ、木端微塵に砕けてしまったようにも感じました。それもまた爽快で、できればもっともっと聴いていたかった!会場は神聖な空間と化し、私自身その中に溶けてしまっているような快感を感じました。
本当に素晴らしい演奏をありがとうございましたm(__)m
すっかり鬼太鼓座(おんでこざ)
の虜になりました
心から感謝です。
実はこの演奏が聴けたのは、本日私が長年続けているいけばな小原流 の東京支部創立90周年記念式典が国際フォーラムにて行われたからです。
和太鼓もそうですが、生け花も日本の伝統文化です。
今日の記念大会には被災地の支部の方々も複数名招待されていました。ご自宅が津波で流されても、支部の再建に尽力されている方などもいらっしゃるようです。
被災して大変なのに、花なんて!
と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それは誤解です。ある会員の方は仮設住宅で被災地の皆さんにミニ生け花体験の場を設けると、お花に触れてたくさんの方が癒され感動の涙を流したそうです。
被災して心が傷付いているからこそ、お花に触れたくなるんですよね。その気持ちは痛いほどよくわかります。植物はペットのようになついてきたりしませんが、ちゃんと心を持っています。枝も花も無言でいつも私たちを見守り、癒し、励ましてくれます。目に見えませんが、私たちに無償の愛を送ってくれています。
和太鼓も生け花もそれに携わる人々の心や魂が通っているからこそ、聴く人や見る人を感動させるのだと思います![]()
伝統文化だけではなく、その伝統の中に根付いた大和魂も伝承していきたいですね。
