昨夜は気分がすっきりしなくて浄化したい気分だったので、夜中にゆっくりお風呂の中でひたすらホ・オポノポノ音譜


すると今朝はいつもより目覚めがよく、少し気分が軽くなりました。


そしていつものように午前中の日課であるチャック・スペザーノ博士のセルフ・セラピーカードをやると、私にとっては常連カードである「許し」と「手放す」が登場しましたしょぼん


うーむ、こんなに毎日一つ一つ手放しているのに私の潜在意識には一体どれだけのブロックが隠れているのでしょう…。


一体これ以上何を手放せばいいの?


思いつく出来事や人々はすべて許したはずなのに、一体何が残っているの?


そのとき、ある人からメールが届いて気が付きましたひらめき電球


そのメールの内容が私の期待に沿うものではなかったので、ちょっとがっかりしたんです。私は無意識に「人に期待してしまう」という悪い癖をまた繰り返していました!(´Д`;)


ビジョン心理学において「期待」はストレスを引き起こす最大の原因の一つです。将来に期待してわくわくするといったようなポジティブな意味ではなく、物事がこうあるべきだ、そうなるはずだ、そうなって当然だ…などというような自分の欲求が満たされるべきだと要求することです。


期待は過去の不満足、不十分という満たされない気持ちから生まれるニーズなのです。


私が友達のメールを見てがっかりしたのは、そこにニーズがあったからです。一瞬でもがっかりしたということは、無意識に自分が”こうなってほしい”という期待を持っていた証拠です汗


まぁ今回のメールの件は大したことではありませんが、この期待の罠は私たちの日常の人間関係、恋愛、仕事、お金などにも当てはまります。


そしてよく心理学で言われるように、「ニーズ(欲求)を抱えている限り、それを得ることはできない」というのは事実でしょう。


なぜならそのニーズ(欲求)に執着してしまうからです。


「どうしても手に入れたい!」「何が何でもそうならなくては!」という切羽詰まった気持ちから、ますますその対象に執着してしまい、気持ちは空回りして、期待は高まる反面、結局は望んだ結果を手に入れられないため、失望感や欲求不満を抱いてしまうのです。


ニーズ(欲求)を抱いた分野には必ず怖れ、切迫感、欠乏感などがあります。


「~したい」と願望を抱くのは人間ですから当たり前です。ここで言うニーズとはそのようなものとは異なります。


例えば簡単な例でいうと、皆さんに片思いのAさんという人がいるとします。その人のことがとても好きで、「付き合えたらいいなぁ。」とただ願うのは構いません。そこに執着心がなければ、自然とAさんに愛情が伝わってうまくいく可能性も高いでしょう。


しかし、Aさん以外には考えられない、Aさんと付き合えれば私は幸せになれるはずという切羽詰まった状態になって「何が何でもAさんと付き合いたい!」と必死になり、執着心丸出しでアプローチすると、Aさんは引いてしまって逆に避けられてしまう怖れがあります。


私は小さい頃から「本当の自分をわかってほしい」というニーズが強いように感じます。


コミュニケーション能力も高いし、子供の頃からたくさんの人に囲まれて幸せに過ごしてきて、人間関係での悩みは少ない方だと思いますが、一方で孤独を感じることも多々ありました。


小さい頃からよく”個性的だ”と言われてきましたが、自分は普通のつもりでも他の人とは全く違う感覚のことがよくあって、感覚的に本当に理解し合える人は案外少ないというのも事実です。だから私は「寂しい」という感情が一番苦手なのかもしれません。


そのせいか、みんなが好意を持ってくれるいつも明るく元気で活発な私の表面的な部分だけではなく、感受性が強く繊細で傷付きやすい内面を持つ自分を理解してくれる人を見つけると、ついつい「この人は私をわかってくれるはず!」と期待してしまうのですあせる


人にも自分にも期待して何度も傷付いてきたので、期待しないように心がけているのですがやっぱりまだ手放せていないんですねヽ(;´Д`)ノ


その他にもまだ手放せていないニーズが残っていることに改めて気付きました。でも何を手放せていないのかが明確になったことで、気持ちがすっきりしましたキラキラ


明日からもどしどしニーズを手放して、今以上に素敵なシンクロや幸せを受け取れるように放棄し続けます!