「期待に胸がわくわくする
」といったように、「期待」ということばをポジティブに使う人も多いと思いますが、この子(?)は少し厄介です。
私は自分自身の短所の一つとして、”人に期待しすぎる”というのを自覚しています。
「この人なら本当の気持ちをわかってくれるだろう!」とか「この人ならできるはず!」などと勝手に人に期待して、それが思い通りの結果にならないとがっかりしてしまう悪い癖です( ̄Д ̄;;
がっかりすると「あーっ、またやっちゃった
」とその都度反省するのですが、知らないうちにまた同じことを繰り返していてなかなか直りません。もちろんその人が悪いとか嫌いだという感情はわきませんが、人に期待してがっかりしてしまった自分自身が嫌になってしまいます。
心理学を学んでいて最近新たに気付きました。私は人に期待するだけではなく、自分にも同じように
”期待→不満足な結果→がっかり”
という経験を積み重ねていて、それは自分へのストレスにもなり、自分自身を阻む障害の一部にもなっていたのだなぁ~とわかったのです
人に対する期待も自分に対する期待も結果的には同じで、期待通りにいかないと「自分を責めること」になります
自分を責めてばかりいては、いつまでたっても自分を好きになることはできませんよね…。
実際には小さなことを達成できていたとしても、期待が大きすぎてそれが認められなければ、自己否定になり自分自身をも認めることができなくなってしまいます。その結果また自分を責め、「次もうまくできないかもしれない」という自分に対する不安や恐怖心を高めてしまいます。
「期待」の裏側には、いつも「欲求不満」が隠れています。
過去に満たされなかった欲求や要求が心のどこかに引っかかっていて、その埋め合わせをするために「次こそは!」とさらなる「期待」を高めてしまい、悪循環に陥ってしまうのです。
いつもはプラスに働くかもしれない豊かな空想力がその「期待」に拍車をかけます(→o←)ゞ
でも期待しすぎるときに空想力はマイナスです。「こうなったらいいな~♪」「ああなったら最高!」などと空想癖が暴走して現実逃避を始めてしまうと、さらなる「欲求不満」を引き起こす恐れがあります。
私のように「期待」が障害になりがちな方は、現実をありのままに受け入れてみてください!他人への期待なら、ただ純粋に応援したり結果を受け入れるだけにして、自分への期待なら、感情抜きに目標設定すればよいだけです。そして目標が一つ達成できたら、どんなに小さなことでも自分を認めてあげることです。そうすれば欲求不満は生まれませんよね?
今日ロンドンオリンピックが開幕しました
メダルの数や感動に「期待」するのではなく、各国の各選手たちのこれまでの努力に敬意を払い、アスリートたちの競技にかける真剣な気持ちと自分の気持ちを一つにして、ただ純粋に心から応援できたらいいですねヾ(@^▽^@)ノ
