数時間前あまりにショッキングな連絡が来て、心臓が凍りつきましたガーン


それは私が6~7年前に少しだけ一緒に働いていたことのある方が、数年前に自殺されていたというニュースでした。


その方は当時30代後半の女性で、たくさん人がいると口数も少なく大人しい感じでしたが、時々事務所で二人きりになるといろいろ話をしてくれました。


彼女と私がその職場で重なっていた時期は数ヶ月だけで、もともと忙しい職場だったためそのような機会は本当に少なかったのですが、「知り合ったばかりの私が、そんなにプライベートなお話を伺ってしまってもいいんですか?」といったような、ディープな相談(?)もありました。


後から聞くと、職場のほぼ全員がその方から同じような相談を受けていたようです。


その後彼女は転職されてお会いする機会もなくなり、連絡先も知らなかったので接触は全くなくなり、今日久しぶりにお名前を聞いて正直数年ぶりに思い出し、その衝撃的な事実にびっくりしすぎてしばらく息苦しいほど胸の鼓動がドクドクドクドク…((>д<))


今年3月に発表された警察庁の「平成23年中における自殺の状況」という資料によると、自殺者数は男女ともにわずかに減少しつつあるもののほぼ横ばいの3万人強。職業別には離職者の割合が最も高く、半数以上を占めています。


原因の上位は


1)健康問題(47%)

2)経済・生活問題(20%)

3)家庭問題(14%)


となっています。


彼女の自殺の原因はわかりませんが、一般的にも自殺を選んでしまった人の気持ちを本人と同じように理解することはできないので一概に非難することはできません。残された家族や周りにいた人々は阻止できなかったという責任感から自分を責めてしまいがちですが、決して彼らの責任でもありません。家族だからこそ、親しい人だからこそ本心を話せないという苦悩もよくわかります。


だから自殺において誰が悪いとか、誰にも言える権利はないと思います。


でもやはり自殺を選択するというのは非常に残念なことです。


私は大学生のときに社会心理学のゼミで死生観をテーマに卒業論文を書きました。就活も含めて「これからどんな人生を送りたいか」「自分はどのように生きていきたいか」を真剣に考えた時に、自然と死の問題も浮かび上がってきたので、まだまだ人生経験の浅い大学生でしたが、自分なりに死と生についての考えをまとめました。


社会心理学というより哲学的な内容になってしまったのですが、その時に気が付いたことは、この世に生命を与えられた世界中のどんな人にとっても唯一平等に与えられているのは「死」だということです。


誰もが生まれる時代、国、両親、環境などを選ぶことはできません。魂レベルでは選んでいるのかもしれませんがよくわかりません。でもどんな人にも早かれ遅かれ必ず「死」は訪れます。私たちは誰もが「死」へ向かって生きているのです。


だから死ぬことを考えることは、生きることを考えることでもあります。


いつ訪れるかわからない「死」までの日々を、一瞬一瞬を大切にして生きることが「生」を輝かせることであり、人生を全うするということではないでしょうか?


とはいえ、現代社会にはいろいろな問題が山積みですダウン


いろいろな問題から自ら死を選んでしまう人が後を絶たないのも悲しい事実です。


「自殺者を減らしたい!」という志をミッションとしてかかげているコーチやカウンセラーやセラピストの方も多いですよね。確かに、コーチングによってもう一度生きる希望を取り戻し、死よりも生を選んでくれる人が増えればとてもうれしいことです。


別にそれは仕事じゃなくてもいいと思います。ほんの少し気持ちに余裕を持って、「どうして日本ではこんなに自殺者が多いのだろう?」「どうして自殺者は減らないのだろう?」という疑問を抱くことだけでも、意識に変化が訪れて、そのような人が増えると社会全体にも小さな変化が???


まだショックは消えませんが、心より彼女のご冥福をお祈りいたします。