人の価値観はいろいろです。一般社会の常識から考えて、いかに逸脱している人であっても…きっと本人の価値観でいえば何ら問題はなく当たり前のことなのでしょう。


12月から理不尽なことが次から次へと起こって翻弄され、ストレスで体はいろいろなSOSを発してきました。振り返ってみても、心身ともに我ながらよく頑張ったと思いますキラキラ


以前から忍耐力には自信がありますが、さらに磨きがかかったのは確実です(^o^;)


哲学者のウィリアム・ジェームズ(William James)も「物事をあるがままの姿で受け入れよ。起こったことを受け入れることが不幸な結果を克服する第一歩である」と言っています。


信じられない、普通じゃあり得ないようなことが起きても、それは事実として起こってしまったのだから、そのまま受け入れるしかないのです。それをこの3~4カ月の間に、嫌というほど味わいました。そしてある程度淡々と受け入れられたような気がします。


少なくとも周りにいる人々には全く気付かれないよう、心の動きは自分の胸の中だけに秘めておけたと思います。


自分にとって利益のある人にしか親切にしない、他人の気持ちを全く考えない、自分の価値基準でしか人を判断しない、自己防衛のためなら手段は問わない等々…私は絶対にこうはなりたくない!と思えるようなことが多々あり、今回反面教師からたくさんのことを学びました。


人は鏡と言うけれど、私にもそんなところが一かけらでもあるなら、今すぐ粉々にして吹き飛ばしたいですむかっ


”怒り”を通り越して”呆れ”に変わると、不思議なもので、妙に冷静に状況を観察している自分に気が付きます。これが俯瞰でしょうか?自分の身に起きていることだけど、どこか人ごとのような客観的な目で事態を把握し、受け入れられるようになるのです。


自分がまいた種は必ず自分にかえってくるから、わざわざ仕返しをしようなんてことは全く考えていません。話を聞いてくれた友達たちが私以上に本気で怒ってくれただけでも救われました。


今回反面教師たちを見ていて、私は人に対しても自分に対しても常に「誠実」でありたいと強く感じました。


人間は誰でも弱いものです。不安や心配が高まると、自己防衛のために人を攻撃したり、自分がどんなに理不尽なことを行っているかも気付かずに強硬な手段に出たりします。大小あるけど、誰もが保身のためにこのような状態に陥ってしまう危険性がありますよね。攻撃を受ける方はショックも大きいですが、自分ではどうしようもないので、できるだけ気持ちを落ち着けてじっと耐えるしかありません。


でもきっと、これらの攻撃は私にとって人間的に成長するために与えられた試練だったのだと思います。数ヶ月、ひたすら悩み耐えた辛く苦しい日々でした。出る杭も打たれ続けると凹むんですよ(笑)。でも、それも今日3月31日で終わりにして、明日からは新しい気持ちで新年度のスタートを切りたいです。


昔からチャレンジャーで出る杭になりがちだから、こう見えても打たれ強いんですよー。 くじけても立ち上がる!何度倒れてもはい上がる!多分生まれつき(?)前向きで楽天的なのでしょうにひひ


今日偶然見つけた言葉で、反面教師たちに心から感謝したいと思いました。


「あなたを傷付けた人を許してあげなさい。その人のおかげで、あなたは人の気持ちがわかるようになったのだから」