私はもう10年以上生け花を習っています。


日本文化にもいろいろありますが、華道もその一つでしょう。○○道と呼ばれるものは、ただ技術を磨くだけではなく、礼儀や作法など内面を磨く要素も多く含まれていると思います。


生け花は、特に季節を感じられるのがいいですねキラキラ


春夏秋冬、自然は季節に合わせていろいろな顔を見せてくれます。生け花として、自然の世界を凝縮した小宇宙を創り出すことで、それぞれの季節が持つ独特な風情を味わうことができます。


生け花の楽しみは、純粋にお花が好きだから楽しい、お花に触れると癒される、美の世界を創り出す喜びの他に、私は「無」になれるのがとても好きです。


「無」の境地って何となくわかりますか?


すごーく集中して、すごーく真剣に何かに取り組んでいるときって、雑念などは吹き飛んで、本当にまっさらな気持ちで「無」の境地に陥るんです。


その「無」の境地が何とも言えないんですよね~(〃∇〃)


これこそ○○道の醍醐味じゃないかと思います。スポーツでもそうですが、文化的芸術活動においても、「無」の境地に至った瞬間に、自分はある意味自分ではなくなり、自我などを超えて宇宙の一部として「無」の存在になるとでもいうか…うーん、うまく表現できませんが、感覚的にわかってくれる人はわかってくれるでしょうあせる


「生け花は、挿し位置だとか、角度だとか、いろいろ規則があってめんどくさい。自由じゃない気がして、自分には合わないと思ったよー。」と以前ある友達が言っていましたが、私はその逆だと感じています。


確かに花型はいろいろあって、花型ごとに生ける際の規則も決まっています。でも、それは自分らしい花を生けられるようになるための課題であって、スポーツと同じように最低限のルールを守らなければ技術も向上しないし、個性も発揮できないのではないかと思います。


まさに継続は力なり!


最初はイメージ通りに生けられなくても、何度も同じ花型を練習して少しずつ上達していき、ある日以前はできなかったことができるようになったとき、自分の成長に喜びを感じますニコニコ


それに同じ花材を使っても、生ける人によって全く異なる印象の作品ができるのでおもしろいです。自分自身においても、その日の精神状態によって、出来上がりは違います。何となく窮屈で元気がなかったり、のびのびとしていたり、作品に自分の気持ちが反映されてしまうようです。


先日専門教授者講習会に参加して、家元のデモンストレーションを見ました。


こちらが小原流 の新しい花型、「花奏」です。


幸せ色の花が咲く心の庭-花奏

(五世家元 小原宏貴氏 作)


日本文化の一つである生け花の伝統を守り、今後も発展させていくためには、少しでも多くの人に生け花に興味を持ってもらい、花を生ける楽しさを味わってもらうことが大切だと思います。


毎日お家にお花のある生活はいいですよ~(-^□^-)