「こんな甘っちょろいの、女子供の音楽だよな。」

この曲、わたし好きだわ、という彼女に僕はそんなひねくれた返事をした。

あら、それでけっこうよ、わたし女だもの。
理屈ばっかり言ってないで、もっと素直に聴いてみればいいのに。

「なんていうかさ、スピリットを感じないんだよ。心かきむしられるようなブルース臭っていうか、そーゆーのがさ。よくできた作りものっぽいんだよ。」

ふーん、あなたの好きだっていうロックにだって、作りものみたいなのはたくさんあると思うけど。
どうせ作りものなら、甘くてきれいなほうが素敵じゃない。

「甘くてきれいなだけで人生渡っていけるならそれでもいいんだろうけどさ、そうはいかないだろ。」

そう?わたしは甘くてきれいなまま大人になれるわよ。
あなたは苦くて汚れた大人になりたいの?あんなふうになりたくないっていつも言ってるくせに。

「ん、、、いや、そういうことじゃなくって。」

ま、どっちでもいいんだけど。
でも、この曲の美しさに耳を開こうとしないなんて、かわいそうな人ね。

そう言って彼女は洗濯物を取り込みはじめる。
僕はタバコに火をつける。

外で吸ってくれない?
洗濯物ににおいがついちゃう。



すれ違い。



今思えば、きっと最初からすれ違っていたんだと思う。
何かが、決定的に。

春が来て、僕たちはお別れをすることになった。

あの日ラジオから鳴っていたのは、エリック・カルメンの古いヒット曲だった。

The Best Of Eric Carmen / Eric Carmen 

今ならよくわかるよ。
子供だったのは僕だ。
つまらない意地を張っていた。
でも、あの頃の僕は、つまらない意地にしがみつくよりほかにどうすればいいのか、何にもわかってはいなかったんだ。

節季は穀雨。
穏やかな季節に思い出すのは、ほろ苦くて甘酸っぱいことばかり。