CちゃんのASDの話の前に、今日はCちゃんの根源をお話したい



いつかはその更にずっと前の話もしたい

全てはつながっているので



妻はCちゃんの妊娠中期以降、ほんとにお腹が張りやすかった



少し動くとすぐ張りを自覚するので、家事も慎重に、最小限しかできない。気晴らしの外食すらヒヤヒヤしながら行ったものだ



妊娠後期もお腹が張らず働いたり外出している妊婦さんをいつも羨ましがっていた



妻の気持ちはよく傾聴したが、切迫早産の心と身体の苦しみなど、私の想像を絶するに違いない



妊娠後期には里帰りし、妻の両親の力をフルに借りて安静にしていたが、それでもお腹は張った



ある日、不正出血を起こした。大出血ではなかったが、フォロー先の産院から大病院に紹介された



大病院の産科の部長が初診の担当で、「大丈夫大丈夫、入院するほどじゃない」と言ったが、妻と妻の母は食い下がり、緊急入院させてもらった



そして数日、張り止めの点滴(マグセント)を点滴投与されていたが、それでもお腹は張っていた



入院して数日経った朝9時、妻の張りの自覚はいつも通り。いつものNSTをして。。。赤ちゃんの心音が落ちていたようだ



超緊急帝王切開。いわゆるgradeA。原因は後日聞いたところ、部分胎盤早期剥離。母児ともに命に関わりうる産科合併症だ



いったんgradeAがコールされると、その時点から15分以内に赤ちゃんを娩出するのが産科病院のお約束



その凄まじさは妻からも聞いているし、私もNICUで働く医師としてよく知るところだ



急に病室に医師やら看護師やらがワラワラと数え切れない数、走って乱入してきて、1人は点滴を、他の人は何やらPHSを、他の人は何やら声を張って、主役の妊婦の心は置き去りにされるのである



もちろん母体と赤ちゃんの命のため。彼らのプロフェッショナルは本物である



手術室に5分以内に駆け込み、患者の照合、オペ台に横にされ、バスタオルをかけつつ服をバーンと脱がされ、消毒と全身麻酔は同時並行。恐怖心、不安感、負の感情のみを残し妻の意識は遠のくのだ



あぁ、分かるよ、愛する妻

その孤独と恐怖の中よく戦ったね



無痛分娩を望んだが、これは望んだ形の分娩ではなかった。。。



とはいえ、尽力頂いた産科、新生児科、麻酔科の先生方、看護師の方々には本当に心から感謝している

妻と娘の命を救ってくれて本当にありがとう



私が働いている病院ではないにせよ、こんな形で周産期医療従事者の方々にお世話になるとは、奇妙な縁を感じる



そうして産まれたCちゃんは早産、低出生体重児。本当に命があるだけでもうけもん



なんだけど、34-35週の1500-1600gで出生して、生直後に短時間酸素使っただけでその後は呼吸補助不要。点滴もPIカテーテルシングル1本だけで早々に抜けた



めっちゃくちゃ優秀じゃねぇか



優秀すぎてNICU加算が残ってるであろうとか関係なく、Nは大盛況なのか、早々にGCUに移された



光栄この上ない



妻もPTSDという心の傷は残ったが、身体の傷は順調に回復した



Cちゃんも無事退院し、Nの外来フォローでも、通常の健診でも、異常を指摘されたことはない。体格もキャッチアップ



誰が発達障害など想像しようか



私は小児科医でありながら、子どもに希望的観測しか持っていなかったのだろう。。。



そんななか、次回紹介する経緯から、Cちゃんは発達障害の専門外来を受診し、ASDと診断されるのである