岡市 63歳 女性
16歳になる猫の「はっちゃん」は、テレビを見上げ悲しそうに「ニャー」と鳴いた。
地デジ化推進の映像を見て、焦るような気持ちでテレビが薄型になった。
大好きなテレビの上に乗れなくなったので、「はっちゃん」はただただ恨めしげに鳴いている。

「ごめんね。これに変えないとテレビが見れなくなるの」と言い聞かせたが、
はっちゃんはテーブルに飛び乗り、テーブルクロスをクチャクチャにして部屋を出て行った。

仕方のない事だが、不具合のないテレビをゴミにしなければならない。
「もったいない」精神を感じながら、業者に引き取られていくテレビにも「ごめんね」

ちの実家には、両親が結婚した当時のテレビ(画面の前にガラス板がある)が、まだまだ現役で活躍中だ。
兄の使っていたモノラルのアナログテレビもあるが、他のテレビはもうみんな薄型になってしまった。

地デジ対応テレビの活用法は、データ放送等の画面の中での、まさにデジタルな活用法があり、
アナログテレビの活用法は、この記事のはっちゃんのように、アナログな活用法があった。

テレビ自体の機能として見れなくなったわけではないのに、別のテレビに変えられてしまう
テレビの気持ちを思うと、なんだか胸が締め付けられる。

投稿者やはっちゃんだけでなく、記事に出てくるテレビも別れを惜しんでいたに違いない。
はっちゃんのぬくもりを忘れることはないだろう。
私たちにはわからない、はっちゃんとテレビの絆があったのかもしれない。
形市 50歳 男性
娘は、高校でサッカーがやりたいと公立の進学校を目指し、合格した。
勉強には苦戦していたが、部活はよく頑張っていた。
しかし、ある先生から「部活だけするような者は学校に来なくていい」と言われた。
頑張ろうと思っていた場所を否定されたと感じ、それをきっかけに休学し、
別の高校を受験し直して、その学校を退学した。

妻が不在のとき、娘が2時間以上かけ、素敵な料理を振舞ってくれた。
高校再受験のときの家庭は、決して穏やかではなかったが、今の娘を見ているとこれで良かったと思う。

稿された方の言うように、それで良かったのだと私も思う。
というか、そうなるようになっていたのかもしれない。

出会うべき人と出会うには、前の学校で過ごす期間が必要だったのかもしれないし、
本人や家族、周囲の人がその記憶と出会うために、その流れが必要だったのかもしれない。

世の流れに乗れているかいないのかということよりも、
それぞれが持つ流れを、無視してしまっているかいないかの方が重要だと思っている。

葉県 14歳 女性
ウサギをリードで散歩する。通称「うさんぽ」
うさんぽ中に出会う人が、声をかけてくれるのは嬉しいのだが、
勝手に触ったり抱いたり、乱暴な扱いをすることがある。

相手は気にしていない様子だけど、マナーを守って安心で安全なペットの散歩が出来るようになると良い。

うさんぽ」って響きがとても愛らしいですね。
これはウサギだけに関わらず、犬などのペット全体に言えることかも知れないが、
マナーを持つべきは、飼い主をはじめ、関わる環境にある全ての人であることは言うまでもない。

こういった問題に限らず、相手のマナーが悪いからといって、乱暴な行動をとることは何の正当性もない。

私もウサギ(オス・メス)と暮らしていた経験がありますが、
犬よりよっぽど扱いが大変な生き物だと思います。
彼らは繊細で美しい存在でした。そして誰よりも自分の感情に素直でした。

なかなか「うさんぽ」に出会う機会はないと思うけれども、
散歩中の犬・飼い主さんに挨拶するように、「うさんぽ」でもコミュニケーションは必須だ。

覚えていてほしいのは、全ての動物にそれぞれ特性があり、それぞれの関わり方があるということ。
そして、普段接している「人」という動物への配慮、マナーが何よりも必要であるということである。

投稿者の方に心から感謝します。

いたま市 38歳 女性
広場にわずかな遊具があるだけだった公園が整備され、花壇に囲まれた公園になるという。
それが子どもにとって、良い公園になるかはわからない。

サッカーをすれば、花壇の草花を傷つけ、野球をすれば、植え込みの中から探すのは困難だ。
おそらく、ボール遊び禁止の看板が立つであろう。

子どもを思って公園を造るのであれば、花壇ではなく、ボールを当てても良い大きな壁を設置してほしい。


園の「徹底排除」の流れは、とどまるところを知らない。
公園に来てまで、ゲームばっかりやって!と言いながら、遊ぶ手段を奪っているのは一体誰だろうか。

私の近くの公園からは、ジャングルジム、ブランコ(場所による)、シーソーがなくなった。
謎に広い公園には決まって、記事にもある「ボール遊び禁止」や
「自転車乗り入れ禁止」「犬の出入り禁止」という看板がある。

そうなってしまえば、青空の下でDSやPSPをやるしかなくなるわけだ。
障害物のない鬼ごっこは、ただの持久走、隠れる場所のないかくれんぼは成立しないわけだ。

今の公園造りは、誰のためでもなく管理側の保全の為に徹底的に造られ始めている。
可もなく不可もなく問題なくをモットーに。

良いところやのびしろよりも、危険性を何十倍にもして考える。
子どもにとって、公園は危険と隣り合わせだから楽しい。だからこそ、遊び方を考える。

子どもにとっての遊びは今、井戸のようになってしまっている気がしてならない。
バリエーションは増えているかもしれないが、その種類は確実に減ってきている。
そして一番問題なのは、危険を知る機会を逸しているという事だと思う。


お天道様の恵みを受け、草花や青空を見ながら、他愛もない話をするのも悪くはないですけどね。笑

安市 43歳 女性

4歳の娘と出かけたスーパーの入り口で10円玉を拾った。
金額が金額のため、「もらうか、募金するか」という提案をしたが、
「落し物を拾ったらお巡りさんに渡すんだ」と譲らなかった。

10円玉を握りしめた娘を伴い、交番へ行った。
きっと、褒めてもらった後にその10円をくれるだろうと思っていた。

ところがお巡りさんは、まじめに書類を作成し、10円を受け取ってくれた。
落とし主が現れなかった場合のことも聞いてくれた。

そして、もらう権利を放棄した娘は帰り道で
「落とした人が交番に行ったら見つかるから良かった。良いことをするとうれしい」と言った。
巡りさんのおかげで、娘はとても良い経験をした。

とってもハートフルなお話で心が和みますね。
人が本来持っている純粋な優しさがにじみ出ていますね。

「見返りを求めず、自分のため」に動く。
お巡りさんのおかげで、良い体験をした娘さんのおかげで、私も良い体験をさせてもらった。

素敵な素敵な出来事に感謝すると共に、その記憶との出会いを感じた。