卵巣嚢腫持ち妊娠、出産→現在子供3人。

卵巣嚢腫持ち妊娠、出産→現在子供3人。

子宮内膜症で卵巣にチョコレート嚢腫ありですが、自然に妊娠→2015.5月出産しました☆

3人妊娠出産したからか卵巣嚢腫は自然に治りました。

父が亡くなった日、

目の手術の為の目の角膜を提供する事に同意しました。


入院中に病院から母にそういうお話があったようです。


家族みんなOKだったので、誰かの目が治るならば協力しよう。と。



父は葬儀、火葬の時は義眼で目も閉じられているし見た目は何も分かりません。



そして、お二人の患者さんに早々に手術できたそう。


60代男性と小学生の男の子との事。


“この度は角膜をいただける事になってなんとお礼の言葉を言えば良いのかわかりません。移植を受けられるという先生からの電話で涙が出ました。大変な時に大事なご家族の目を下さって本当に他所様の優しさが身に染みています。助けていただくこの御恩は忘れません。手術後は毎朝空に手を合わせています。”


経過も良いそうです!



小学生の子のご家族からは

“どなたかの目をいただいた事は本人にも話しました。それなりにいろいろ思う事はあったみたいで仏壇や神棚に自分から手を合わせるようになりました。感謝を忘れないで育ってくれるように私達も頑張ります。ご遺族に心からの感謝をお伝え下さい。”


お子さんからは

“きれいになってよかったです。目薬頑張ります。”


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なんて心があたたまる事が実現したのだろう。


まさかお父さんが最後にこんなに感謝されるとは夢にも思わなかった。


アイバンクの角膜の提供待ちの患者さんは何百人もいるらしい。


お父さん、2人の人の人生を変えたよ!


お父さん凄い。

お父さんありがとう。



26日のお昼、母からLINE


“病院からお父さんが血圧が下がってて危ないと電話あった。今日かもしれないし明日かもしれないけど来られるご家族に連絡を、との事です。”


今日は主人は仕事無くて、子供達を見てもらえるので私1人で病院へ向かいました。



母と兄は私が到着する前に病室に来たそうですが、母は今日病院に泊まり込みの為、荷物を用意しに一旦帰宅していました。

兄もそのタイミングで自分の家に帰ったようでした。



病室に入ると父が1人。

とても呼吸が荒い。顎をあげて苦しそう。

鼻の下に酸素のチューブが付いている。


個室で一人ぼっちにしてごめんね。


「お父さん!来たよ!ずっとここにいるからね!」


目は開いていない。けどまばたきしているようにギュッと目をつむったり、少しシャックリもあったり、寝ているのか起きているのか、どうなんやろう?という状態。

もうろうとしてるかもしれない。


少しして弟が来た。

私の涙を弟に見られたくなくて、私はトイレへ行った。


落ち着け、落ち着け。



10分ぐらい経ったのかな?私は再び病室へ戻った。


弟はお父さんの顔の横に立っている。


私「起きてるんかなぁ?」

弟「起きてると思う。まばたきしてるし。」


その後3分ぐらいして弟が「ほな俺は行くわ」と出て行った。



ええええー。お父さんと一緒にいれる最後の時間かもしれんのに?!帰るんかい!


と思ったけれど、「うん。」としか言えなかった。


お父さんはずっと呼吸を頑張っている。

部屋に1人にしておくことなんてできない。

かわいそうすぎる。


私はお父さんに色んなこと一方的に喋っていた。


「お父さん、強いよ」

「お父さんは、凄いよ。」

「私もお父さんみたいに強くなるから」

「お父さんの孫は運動神経良いよ!お父さんが運動神経良いから!」

「お父さんゴルフすごい上手かったね」

「お父さん」


「お父さん、ほんまにありがとう」


泣きながら色んな事言った。


少しソファでお父さんを眺めていた。


…?呼吸が落ち着いてきてる。


安定してきたの?



いや?息が浅くなってないか?

うそやろ?


口がさっきより開いてる…


え?息…、心臓動いてない?目の錯覚か?


…呼吸が止まってきてる。


急いで弟にLINE。

今すぐこれる?息が止まりそう。


母にも連絡。

息が止まってる気がする。

母 “急ぐわ”


兄に泣きながら電話。

今すぐ来れる?お父さん、息してない。

兄 “そうか。そんなに取り乱さんと。俺はさっき行ったから今日はいかへん。そうか。わかった。落ち着いて。”



夜から担当の看護婦さんが父に挨拶しに入ってきた。

「◯さーん。今から担当しますー◯◯ですー」といつもの様子の看護婦さん。


私、泣きながら「あの…息してないです…」


看護婦さん「◯さーん。おーい。◯さーん。まだ耳は聞こえてるので話しかけてあげて下さいねー。」と言ってナースステーションへ心臓モニターを確認しに一旦出ていきました。


看護婦さん「まだ心臓は頑張って動いてます。声かけてあげて下さい。先生呼んできますね。」



私は父のほっぺに手のひらを当てて

「お父さん」「お父さん」「頑張れ」

と涙を流しながら応援しました。


父の顔に触れるなんて、はじめてかもしれない。

まだ温かかった。痩せていて頬は柔らかくはなかった。



嘘やろ。24日、フルーツ食べてたやん。

もう話し出来ないの?

また。って言ったやんか。



しばらくして看護婦さんと主治医の先生が入ってきた。母と弟が病室に来るのを待ってから、最後の診察を先生がしました。




お父さん。


ありがとう。

お父さんがいたから私はここにいる。

お父さんがいなかったら私は生まれてない。



寂しいよ。

24日の記録


今日はクリスマスイヴ


スーパーには沢山のカットフルーツが売っている。


以前から父は病院のご飯を拒否し続けている。まずい、冷凍を温めただけ。と嫌がっていた。


牛乳とオレンジ🍊だけは食べている。


美味しいフルーツなら食べてくれるかも?!と思っていて、今日は生協の綺麗なシャインマスカットが入ったカットフルーツ盛り合わせと、甘くていい香りの大きなイチゴ🍓を購入。


洗って拭き、タッパーに入れてフルーツ盛り合わせを夕飯時に持って行ってみることにした。


小学1年生の娘も行きたいと言ったので連れて行きました。



病室に入るとき部屋の中から看護婦さんの声。

「じゃあお薬飲んだら歯ブラシしようか」


急いでドアを開け、看護婦さんに「今日フルーツ持ってきたんですけど、やめといた方が良いですかね?」と聞くと、

良いですよ〜フルーツ持ってきてくれはったよー良かったねぇ爆笑と看護婦さん。


喉に詰まらないようにカットして、見てあげて〜と言い残して看護婦さんは部屋を出ていきました。


私「お父さん、フルーツ食べる?」

父『(うなずく)』

私「フォークかりるで。小さく切るから」

父『…』


フォークでイチゴの1番甘い先端の部分を切り、フォークでさしてフォークを父の手に置きました。

しっかり握って食べてくれました。


私『甘いやろ?』

父『(何度もうなずく)』

このくだりを3回ぐらい繰り返す。


つぎはシャインマスカット

フォークを父の手へ。

食べてから

父『(何度もうなずく)』


このくだりを3回くらい繰り返す。

オレンジも食べた。



私「明日クリスマスやから、スーパーにフルーツがいっぱい売ってるねん。」

父『(うなずく)』




父『喋ろうと思っても…(喉を押さえてじっとしてる)』

私「喋れへんの?」

父『(うなずく)』


私「まだどれか食べる?」「これ?」「これ?」


父『(シャインマスカット見てうなずく)』


娘に向かって👌のポーズ。美味しいと伝えてくれた。



食べた後、冷蔵庫に入れといて、というジェスチャー。

私「冷蔵庫に入れといたら美味しくなくなるし、また持ってくるで。」

父『そうかー』


自分で冷蔵庫から取り出す事が出来ないので腐ると思ったから。



今日はあまり喋れない父でした。


部屋のソファに座っていると父から

『もう帰っても良いよ?これくらいで。』と。


娘も連れて来ていたので、面会20分程で帰る事にした。

私「また持ってくるわ!」

父 うなずいて手をあげる🖐️

私「じゃあまたー👋」

父 🖐️


またフルーツ持ってこよう。

今日は元気なかったな…

今日の会話の記録


とにかく病院の支払いを気にしている様子。

そして自分はいつ退院するのか気になっている。



『わし帰るんか?とかお母さんに聞いても、中のこと(病院の事)何も知らんて言うんや。』


『今日夕方何か(病状を)聞いて、お母さんがM(私)に行ってこい(面会へ)て本間は言うたんちゃうの?』

私「言ってない。」



『ここの支払いお母さんしたんやろうか?お母さんにお金の事言うたら、いらんって言うんや。画面でこうやって(指でスライドするジェスチャー)俺がやるやつあるやん?(←多分スマホ)それしたら、はい、できました、と。(指でお金のジェスチャー👌)』←銀行アプリですぐ振り込めると言いたい



私は家に帰ってこのお父さんが喋っている動画を見返してやっと意味が分かったが、その時はわからず

「お金?お母さんに言っといたらいいの?」とか言っちゃって、

お父さんは首を横に振っていた。



私「お金はお母さん払ってるで」

父『いやわからんでしょー』


父『Mは1番長い。(←面会時間)その次がお兄ちゃん。1番短いのがお母さん。お母さん1分ぐらい。いや20秒。冷たい。』


この後ちょうど看護婦さんが入ってきたので↑こんな事言ってます。お母さん1分で帰るとかチューって言ったら看護婦さんが「そんな事ないよ!昨日食事の時、ずーっと一緒にいてくれはったよ!」と父に話してました笑。


が、父は『いや、いいひん。』の一点張りである。



この日はよく喋ってたなぁ。


今日行ってきました。


私が部屋に入るとにやりん?という顔をしてこちらを見ている。

私『誰かわかる??』

にやり『(即答で)◯◯!』私の名前


右目だけで頑張って見てくれているようですスター



花…今日の会話の記録…花


うまく言語化できない様子。

父が喋っていても間が空いて、次の言葉が出るまで静かに待ってるんだけど、そのあと目を閉じたり開けたり。

次の言葉は無く、違う話に変わる。


私『今日お母さんが来た事は覚えてる?』

にやり 『お母さん来たよ。嘘は言ってないで。』



私が入った時に食事が置いてあったので、食べないか聞くと

にやり美味しくないから食べない。

との事でした。


普段からずっと良いもんばっかり食べてたらそうなっちゃうよなーと思いました。

とはいえ確かに美味しそうでは無かった。

バナナ🍌そのまんま一本もあったし、カップに入った茶色いチョコプリンのようなものもあるけど、カップのままで、子供は喜ぶけどお年寄りは喜ばんやろ…という感じはしました。



父は一生懸命言葉を絞り出して話すんだけど、

多分今日は食事の話で

『タッチパネルのようなもので注文できないのか。毎回毎回同じ物が運ばれてくる。』

という事が言いたかったっぽい。

“タッチパネル”という言葉が出てこなくて何言ってるか分からんかった。


壁の中に…色々…(ボタンを押すジェスチャー)付いてるでしょ?

それがない。

…毎回同じ物…


てな感じで看護師さんに訴えてた笑。


にやり『死ぬとかじゃなしに、ガリガリになっとらんやろ?わし。』

私『なってないよ!目もしっかり開いてるし顔も元気やし!』

にやり『そうやろ』



痩せてたけど、そう言っておきました。

こちらが明るく笑うと父も会話の終わりに笑顔だった。

死ぬなんて事は考えなくて良い!


心配なんやろうな…


食事は食べないけど、薬はしっかり素早く積極的に飲んでた!

治したい気持ちが強いんだと感じ取れた。切ない。


40分ぐらいいたかな。

明るく、また来るわニコニコパー

と言うと父も手をあげてくれた。


病院から出て駐車場に戻る時には私は泣いていた。

悔しい。

父は、母には嫌な奴だったと思うけど私には優しかった。

母は父とは血のつながりのない他人だけど、父と私は繋がっている。


うぅ。


元気なご老人を見かけては羨ましくなっちゃう。


けど母の事を思うと母的には帰ってきて欲しくないだろう。


母は昔から、離婚したいと言っている程

父とは不仲なんです。


父は自分にお金を使い放題。

母はお金をあまり持たせてもらえず我慢の日々でした。

亭主関白で働くことも許されず。


10年ほど前にも『お父さんが死んでも悲しくない』と言っていた。

昔からの恨みは消えない。


母は今、毎日面会に行ってパジャマなど洗濯物の交換をしている。

疲れたーと言っている。

母はきっと何度も父にひどい事を言われたりして泣いてきたであろう。


私は父に感情移入して『お父さん可哀想』ってずっと思っていたけれど、母の気持ちを今日改めて考えてみたら、早く気楽になりたいだろうな。と思う。


そう考えると辛い気持ちが半減した…おねだり


11月18日から父はまたまた入院しました。


左目が見えなくなり、左耳も聞こえなくなりました。

全脳に放射線を当てる。を毎日1回✖️10日間とのこと。


11月30日 長男を連れて面会に行ってきました。息子が貰ったサッカーのトロフィーやMVPメダル🎖️🥇をたくさん持って行きました。

父はスポーツマンだったので、スゴいやん✨と笑顔になってくれました。


私が話す事を時間をかけて理解しようとしている感じで本人も『なんかなぁ、頭の中がな、動かへんからよくわからへんのや。』と困った顔をしていました。

放射線のせいで頭全体が痛いと言っていて、耳の裏も真っ赤になっていて、とてもかわいそうです。


仕事人間で毎日帰りが遅く、強くて声が大きくてうるさくて、ゴルフばっかりしていた父とは別人のように弱っています。

見ていて辛いけど、本人が1番驚いているようです。

ご飯も何も食べたく無いと言っていました。

食べたいと思わない、と。


12月2日の今日、放射線治療が終わります。これ以上してはいけないらしい。

頭痛いって言ってたし、もうしなくて良いよ…

多分日に日に弱っていってしまうと思うけど、癌はあちこちに出来ているらしく、終わりがない。


会えなくなるまで何度も面会に行こうと思います。





日曜日、子供を連れて実家に行きました!

車で40分程ですがニコニコ

ちょうど長男もサッカーオフでした。


長男(10)は父の好きなガンバ大阪のユニフォームを着て行きました飛び出すハート

父の部屋へ子供を連れて行ったら、

驚きと嬉しさとで、とても笑顔で喜びながら、かすれた声を出して笑ってくれました!

『お?』っという感じで長男のユニフォームを覗き込む父。

ガンバ大阪のスーパーエリートで頑張ってるよ!と伝えたら頷いていました。


うんうんと頷きながら子供達を見つめて泣いていたように見えました。


そんなん、私も泣くやん…


私は涙を流しながら長男に『ちょっと…一緒におじいちゃんといてあげて…』

と震えた声で伝え、

私は違う部屋に避難えーん


泣いてまうやろーーー。

一年ぐらい実家に行かなかった自分にビンタしたい。

親が泣くぐらい久々とかビンタです。。



その後も何度か子供3人と父は部屋で一緒に過ごし、帰り際には父は完全に明るい表情になっていました!


喋れなくなって辛くて落ち込んでたんだな、と感じました。


もしかして、死ぬのかも…って思うとそりゃぁ怖いですよね…


私が父の立場なら、死ぬの怖い。もっと生きたい。嫌だ。

と震えるよ。


「今日なんか食べた?」と聞いたら『いや(いいえの意味)』と首を横に動かし声を出しました。

声が出始めてる???はてなマークびっくりマーク


そりゃつらくて食欲もなくなるよなぁ…


実家で撮った子供3人の写真を近くのコンビニで写真プリントして年齢と学年と生年月日をペンで描いて父に渡しました!


とても力強く写真を受け取ったし、体は動く感じでした。


スマホの操作は指先が動かないみたいで無理のようです。

字も書けないし筆談もできません。

読む事はできるらしい。

なので文字を忘れた、とかではなく手先が動かせないのかな??

理解もしてるし喋れないだけ。かな。


少しでも気持ちが明るくなって本当に良かったです!!

孫パワーすごいなって思いました。

オモチャの太鼓をカンカンバンバン鳴らす4歳の次男をみてヒヒヒヒッと笑ってたしおねがい


元気な犬などの動物も良さそうって思いました!


これからは月に数回、子供達を連れて遊びに行きます!

4年ほど前に父の胃癌が発覚し、抗がん剤など治療で元気にしていたのですが、

目の涙が止まらないので、父が医者に無理を言って9月19日に手術を行いました。


退院後は緑色の目ヤニがとまらず。

処方された目薬をするしかなかったようです。



27日の土曜日の朝、母から電話。

何も喋らないし様子がおかしい。と。


私の兄が実家に見に行き、兄から電話。

「別人みたいになってる。親父の部屋入ったら親父が椅子に座って目薬をさわっているだけ。俺の方見ても何も言わん。しんどいか?と聞いても、鏡に映る自分を見て俺の方を見ない。うつろな目で、返事もなんとか『あ』って言うただけ。」



あんなに声も大きくてお喋りが止まらないお父さんが…。本人も家族もつらいです。


土曜日の13時から緊急で診てもらい、CTの結果、脳の左前に癌が5センチ。転移です。

癌の周りに浮腫(水みたいな)があり、それで脳の言語機能の部分が圧迫されて言葉が出ない失言症になっているとのこと。


文字も書けないようです。

この日は浮腫の水を減らす点滴をして帰宅しました。


次の日の日曜日、子供達を連れて実家に行きます。

1番末っ子は4歳で、めちゃめちゃうるさい元気な子なので、父がどんな反応するかも気になります!喋れなくても喜んでくれたら良いな。


しばらく、会いに行けていなかったので大反省です。。

いつまでも親が元気に生きてると思っていたら大間違いですね…

何気ない楽しい日でした。


昨日の土曜日、おでかけの帰りの高速のパーキングで梅しそ定食を食べました。

シソで巻いた豚肉のフライとシソで巻いた魚のフライ。


多分アジフライ?


ちょっと急いで食べたからか、喉に刺さってしまい、今日は日曜日なので明日月曜日に耳鼻科行ってきますえーん


もう子供には絶対骨が無い状態で魚をあげようと心から誓います。

同じ経験してほしく無い!


あー。すぐ取れたらいいけど怖いー。


唾を飲んだらチクっとしてます。。。

助けてぇー。