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■第1213話 国宝金印の「謎」(2/3)
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今回は以下のメールマガジンに掲載された内容の転載です。
メイル・マガジン「頂門の一針」3330号 2014(平成26)年6月9日(月)
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(前回から続く)
ところが、暫くして後漢の光武帝が下賜したという「金印」が、またどうして、このような辺鄙な日本の「離れ島」で出土したのか。
それがまさに「謎」だったのだ。
「何故、志賀島から出土」なのか。
不思議でならなかった。
確かに金印が志賀島に埋められていた理由については、諸説がある。
A、遺棄説 2世紀に、倭国が大乱となったため棄てられた。
B、隠匿説 同じく倭国大乱で奴国が没落したため、人里離れた所に隠した。
C、墳墓説 奴国王の墓に副葬された。
D、王宮説 奴国王の宮殿が近くにあった。
E、祭祀遺構説 航海安全祈願の施設があったから、等々である。
出典:<「一大率・難升米の読み方と白日別の意味の一部から>。
どれも該当する可能性があるが、未だにはっきりしない。
私自身は、何とか調べる方法はないのかと思い出す度に今でも悩んでいる。
国宝の金印を所蔵する福岡市博物館のホームページにも、この「謎」に関して、『なぜ金印が志賀島に埋められていたのか。これまで「墳墓説」「隠匿説」が唱えられ論争となった時期もあつたが、全く不可解』と記している。
博物館でも、突き止めていない。結局「謎」のままだ。
序でながら、重複するが敢えて記して置く。
<志賀島から出た金印は、「蛇の紐通し(蛇の形の紐とおし)」が付いている。
「蛇紐の金印」はそれまで中国本土はもとより、世界のどこからも発見されたことがなかった。
だから偽物ではないかという風説が流れた時期もあった。
ところが、1956年に中国雲南省で前漢代の「てん(さんずいに眞)王之印」が発見され、これが「蛇紐」であったために、「偽物説」は一気に吹き飛んだ。
漢代の印綬制度では、漢王朝に仕える諸侯(内臣)は、黄金印に亀の紐。
異民族の国家で漢に臣従したもの(外臣)は、北方民族には駱駝や羊の紐、そして東夷南蛮の王には「蛇紐の金印」が下賜されたていたことが明らかになった。
また太宰府天満宮に伝わっている唐時代の辞書「翰苑」の巻三〇蛮夷の部の中の倭国の記事に「中元之際紫授之栄」とあり、紫綬の金印が光武帝より授けられたことが記されている。
これによって志賀島の「金印」は、前述のように後漢の光武帝から下賜されたことがしっかりと証明されたことになる>。
参考:ウィキペディア
(次回へ続く)
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■ 歴史好きの素人が語る歴史(第1213号)(2014年06月18日号)
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