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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2014年4月18日 NO.1484号 )
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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◎西村真悟
ロシアと欧米、馬淵論文に注目せよ
ウクライナ情勢とクリミアのロシア併合に関して、我が国に入る外電は、ほぼ全てウクライナのこの度の事態を、
親欧米の民主勢力と親ロシア勢力との衝突と観たうえで、
ウクライナの民主勢力をロシアのプーチン大統領が武力で弾圧しようとしている、
プーチンのロシアは、百五十年前にクリミアに軍隊を南下させた帝政ロシアに回帰して再びクリミアを武力で併合した、
と伝えている。
しかし、民主勢力と専政勢力との衝突というお決まりの次元で、このウクライナ情勢を眺めて対処するだけでは、我が国は国策を誤る。
このウクライナの危機の本質を、見事に摘出した論文がある。
それは、「正論」五月号に掲載された
元ウクライナ大使の馬淵睦夫氏が書いた論文
「『ウクライナ』で怯むな!
対露外交を深化させる世界的意義」である。
この馬淵論文を、諸兄姉に、是非お読みいただきたい。
とはいえ、本論文の骨格を記しておく。
ウクライナ危機の本質は、ロシアの石油と天然ガスの天然資源を誰が支配するかを巡るロシアと欧米との戦いだ。
その上で、馬淵氏と親しいウクライナの大学教授は、「今回のウクライナの騒動は、マフィアとマフィアの争いだ」とシニカルに見ていた。
ウクライナの政変は、「民主化運動」ではなく民主化の衣を着た民族政権転覆活動で、その背後にアメリカがいる。
ソビエト崩壊後に生まれた新ロシアは自由主義経済を目指し、急激な市場経済化を実施したが、これを主導したのはアメリカの新自由主義経済学者のグローバリスト達だった。
その結果、価格統制を外したので年率三百倍というハイパーインフレが起こりロシア庶民の生活は窮乏し、
同時に石油を含む国営企業の民間への払い下げは、一夜にして新興財閥成金を生み出し、ロシアは超格差社会に一変する。
そして、エリティン時代の八年間でロシアのGDPは半減した。
この状態を放置すれば、疲弊したロシアの天然資源は、アメリカが背後にいるグローバル資本家の手に落ちる。
よって、二〇〇〇年に大統領に就任したプーチンはロシアを建て直す為にロシアの天然資源を守ろうとした。ロシアのGDPの半分を占めるに至った天然資源を欧米の多国籍企業に牛耳られてロシアの建て直しは不可能だからである。
よって、この時からアメリカを中心とした欧米つまりグローバリストとロシアつまりスラブとの戦い、即ちグローバリズムとナショナリズムの戦いが始まった。
このように見てみれば、今までの西側報道には腑に落ちないことがある。
今回のウクライナ危機が、ヤヌコビッチ大統領がEUとの連合協定を拒否したことを切っ掛けに起こったことは確かであるが、
親欧米の歴代大統領の時は、EUの方が、ウクライナの加盟に反対していたのだ。EUの側がウクライナの加盟に反対していたという事実は意図的に報道されない。
西側の報道は、ヤヌコビッチ大統領は、二〇一〇年の民主的な選挙で正当に大統領に選ばれた大統領であることを、何故か西側は報道しない。
この民主的手続きで選出された大統領を暴力で転覆させたのが今の暫定政権であることもあまり報道されない。
二月のソチオリンピックの開会式に欧米首脳は欠席したが、その理由はプーチン大統領が同性愛結婚を認めないからだという。
しかし、二〇〇八年の過酷な人権弾圧を実施している中国の北京オリンピックの時には、欧米首脳はいそいそと出席していた。
このように、欧米グローバリズムは、明らかにロシア・プーチンのナショナリズムに対して不当なレッテルを貼ろうとしている。
このグローバリズムとナショナリズムの相克というウクライナ危機の本質を観れば、我が日本は、両者の共存のはかれる文明論的立場にある。
以後詳しくは、
是非、今発売中の「正論」五月号の馬淵論文を読まれたし。
◎片山虎之介
「集団的自衛権」についてのわが党の見解
わが党は、4月16日の安全保障調査会で集団的自衛権についての見解を決定しました。その概要は、次のとおりです。
1.世界をめぐる国際情勢・安全保障環境の変化の中で、憲法解釈を適正化する。集団的自衛権についても、憲法上導かれる自衛権の一つであることを前提に、他国に対する攻撃が同時に「我が国の平和及び安定に重大な影響を与える事態」である場合に、自国及び自国民を守るという目的のために、必要かつ適切な範囲で実力行使を認めるものと位置づける。
2.したがって、現行憲法の解釈の枠内で認められる行使の要件は、次の全てに該当する場合に限ることとする。それは、ア 密接な関係のある国に対する急迫不正の侵害、イ わが国の平和や安全に重大な影響を与える、ウ 侵害を排除するため他の適切な手段がない、エ 合理的に必要な範囲内の実力行使、オ 当該国からの支援要請、カ 内閣の判断と原則事前の国会承認、とする。
3.実際の行使の範囲については、「地球の裏側まで」の紛争にまで介入する無限定な行使ではなく、アジア太平洋地域やエネルギー資源輸入のためのシーレーン(海上交通路)などを想定し、具体的に実施できる活動としては、武器弾薬、食料、燃料等の補給や医療活動、機雷の掃海活動、ミサイル防衛のため公海上で警戒に当たる外国軍艦の防護、在外邦人などの保護等を考える。
4.内閣による憲法解釈の変更に関しては、抽象的な合憲性審査を行う機関として、憲法改正によって憲法裁判所を設けること、また現行憲法下で最高裁に憲法部を設置すること等を検討すべきである。
平成26年4月18日
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目次
◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 454」
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◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 454」
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宣教師殺害事件を巧みに利用して山東半島東南岸にある膠州湾を占領し、清国との間で膠州湾租借条約を結ぶことに成功したドイツのビューロー首相は、清国との友好を強調したが、同時にヴィルヘルム二世は同じく遼東半島まで権益を南下させているロシアの機嫌を損なわない様に配慮し、
≪東洋に於いて真理と光の福音を宣言するため、ドイツとロシアを象徴する黄海の海岸で見張り番の哨兵をあらわす絵を、あなたのために描きました≫と書いた手紙をロシア皇帝に送るのである。つまりこの手紙は「清国への進出があくまでもロシアとの提携の下で行う」という意思を表しているのであり、その狡猾さがうかがえる。
その2か月後にロシアが旅順を占領すると、「旅順での成功に終わった行動を心からお喜び申し上げます。私たち二人は、ボー海(渤海)の入り口にいる良い見張り番の哨兵として、特に黄色の民族たちからきっと尊敬されるでありましょう」と言うこびへつらったメッセージをニコライ二世に送っている。渡辺氏は続ける。
≪これほどヴィルヘルム二世が膠州湾の占領に気を使ったのにはそれなりの理由がありました。日本に対抗するためにロシアを味方に引き入れたい清国が、鉄道敷設権や領土的配慮をロシアに示したという噂が立っていたのです。その噂の中には、山東省の権益もロシアに渡されたのではないかとの情報もありました。ロシアと清国が結んだ秘密条約(露清密約)が徐々にリークされていたのです。露清密約はニコライ二世の戴冠式に出席した李鴻章を、賄賂と接待で籠絡したロシアが清国と結んだ秘密条約です(一八九六年六月三日調印)。その内容は秘密でしたがメディアが忽ち暴露したのです(『字林西報』一八九六年十月二十八日付)。
その記事ではロシア、清国が支那領土とロシア極東領土を防衛するための同盟を結んだことや、支那領土内にシベリア鉄道の線路が敷設されること、或は鉄道守備隊の配備も許されたことなどが報じられていたのです。同時に膠州湾を十五年の期限付きでロシアが租借したという情報も伝わってきていました≫
19世紀末の極東情勢が集約されている感があるが、欧州の列強であるロシアとドイツが、これほどまでに開国間がない日本を意識していたことが興味深い。単なる自国領土の拡張と権益確保のみではなく、もとより「東洋に於いて真理と光の福音を宣言」するためでもなく、「私たち二人(ロシアとドイツ)は、ボー海(渤海)の入り口にいる良い見張り番の哨兵として、特に黄色の民族(支那)たちから」尊敬される…という意味は、開国以来急激に国力を充実させ、大陸への進出を意識し始めた日本に対する危機感からくる対抗意識だったとすれば、言い換えれば日本の近代化の進展ぶりが、如何に旧大陸内の列強の最大の関心事項であったかということがわかる。このような極東情勢に対する“列強”の思考は、20世紀に入ってもすぐには変化するはずはなかった。このような弱肉強食の国際関係に仲間入りするという意識が、当時のわが国の政官界には不足していたように感じられる。言い換えれば、徳川200年の鎖国がもたらした“弊害=井の中の蛙=泰平意識”から抜け出す
暇がなかったのではなかろうか。
≪露清密約の存在が公にされるのは一九二二年のことですから、条約内容は非公式の情報収集で推し量るしかありませんでした。ドイツはロシアの膠州湾租借の情報を気にしていたのです。しかしその心配は杞憂に終わったようでした。
ロシアとドイツは、ヴィルヘルム二世がその手紙でも述べているように、渤海湾を東西でサンドウイッチするように囲い込んだのです。北京や天津への海からの玄関口をドイツとロシアがコントロールできる状況が出来上がりました。ロシアの関心を極東に貼り付けておきながら、かつ支那市場への橋頭保をロシアの機嫌を損ねることなく確保する、ヴィルヘルム二世はこれを成功させたのです。
この状況に危機感を募らせた英国は、山東半島北岸の港湾、威海衛を清国から租借します。一八九八年七月一日に北京で調印された威海衛租借協定では、その租借期限は「旅順港がロシアに占領されている限り」という表現になっています。英国はドイツとロシアに挟み込まれた渤海湾をこじ開けるかのように、威海衛をとり、軍港とするのです。独露への強烈な対抗意識を感じさせる外交の展開でした≫
この部分は、当時、いや、今でも通用する国際関係、つまり列強の行動を象徴している。まるで囲碁将棋、チェスを楽しむかのように、地球儀を片手に自分らの領土を拡張し、邪魔者は排除する…そんな雰囲気を感じるのだが、このようなあこぎな領土拡大手法は、開国間がない明治時代のわが国には考えられなかったといっても過言ではなかろう。
朝鮮を併合したではないか、という者もいるであろうが、それは李氏朝鮮が、この様な列強の貪欲な攻撃にさらされていながら、今の韓国大統領の様に、口先ばかりで実行力がなかったばかりか、ピントはずれの行動をとりかねなかったからであり、朝鮮に多大の影響を与えていた“大国・支那”でさえもこの様な弱体を呈していたのだから、自ら併合される“運命にあった”と言うべきだろう。
こうして抜け目のない英国も、山東半島の威海衛を租借して自国の軍港にしたのだが、その沖にある劉公島は日清戦争のときの清海軍基地だった。当時の国際(極東方面)関係を大まかに表せば、列強であるロシア・ドイツ・英国は、弱体化している支那・清国を都合がいいように蚕食していったのだが、後発国であるアメリカは、「ドイツが日本の朝鮮支配容認に反発する可能性を見越して」おり、「アメリカ外交にとっては、日本の関心をフィリピンに向けないこと」が最優先事項なのであった。
ところがドイツの膠州湾租借問題は、“愛国心”を持つ支那人たちの激しい反発を招くことになる。前述したようにカトリック宣教師が明末以来引き続き北京に滞在して、主に科学技術や芸術技能をもって朝廷に仕えていたし、北辺にはロシアとの間に国境問題を抱えていた。ネルチンスク条約やキャフタ条約によって清露国境が定められたもののロシアは満洲から追放され、そこにやがて後発国である日本が進出することになるのだから、列強の反発を買うのは火を見るよりも明らかであった。(元空将)
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