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日本の心を伝える会
メールマガジン2
No.003
2014/4/14
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【転送歓迎】
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こんにちは。
日本の心をつたえる会です。
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『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!
第二巻
「和」と「結い」の心と対等意識』
2014/04/12 発売
ISBN: 978-4-434-18995-1
Cコード:C0021
本体価格:1350円+税
判型:四六
著者:小名木善行
出版社:彩雲出版
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売淫、売春、慰安、慰問
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慰安婦問題が何かと取沙汰されています。
そもそも、なぜただの売春婦のことを、戦前は兵隊さんに対するものだけ、これを「慰安婦」と読んだのか。
そこを考えてみたいと思うのです。
その「売春」という言葉も、これは「春を売る」ですから、字そのものは決して悪いものではありません。
春のようにうららかなあたたかみを提供する(売る)というのが言葉の意味です。
支那では、売春のことを「賣淫」といいます。簡体字だと「?淫」です。
わかりやすく日本の現代日本の漢字を使って書いたら「売淫」です。
「淫」という字は、そもそもの字源は「水がしみ込むさま」をあらわすもので、そこから(すこし強烈な表現になってしまいますが)、精液が膣にしみ込む、という意味に転じ、性行為を示す字となったものです。
ですから「売淫」は、まさに性行為そのものを売るという意味になります。
また、そうした商売をする女性たちのことを、支那語では隠語で「ピー」といいます。
「ピー」は女性器そのものを指す隠語ですから、そこでは売春する女性たちを、もはや人間とさえみなしていず、ただの欲望の受け皿の性器としてしかみていないことを如実にあらわしています。ひどい話です。
日本には、隠語でも、こういう隠語はありません。
日本では、そうしたものを「売春」と呼びましたが、そういうところにも、日本的なやさしさが感じられようと思えるし、それだけでなく、戦地にいる兵隊さんたちに対するものは、なかでも格別に「慰安婦」と呼びました。
「慰安」というのは、安らかになぐさめる、という意味です。
いまふうにいえば、これは「いやし」ですから、慰安所は「安心のいやしを提供する所」といった意味になります。
たとえば大陸に出兵した兵隊さんたちは、重たい荷物を背負って、徒歩で何百キロも歩いて行軍するわけです。
それも、いつどこで敵と遭遇し、銃撃を受けるかわからないという恐怖の中での行軍です。
夜になれば仮眠をとりますが、それも万一に備えて交代で眠るし、その寝る場所も土の上です。
たいへんな苦労と緊張が連続する。
それもみんなお国のためだし、外地にいる異国民たちの生活の安全を守るためです。
そういう兵隊さんたちを相手に、売淫という動物的な本能を売るのではなく、心の癒しを少しでも提供しようという心があるから、あえて兵隊さんたちの出入りする宿舎の近くの売春宿だけ、特別に「慰安」という言葉を用いました。
これを性奴隷というのなら、ずいぶんと大切にされた奴隷があったものです。
軍人さんの慰安所だって、くるわでいいはずです。
でも、そうは呼ばない。慰安所って呼ぶ。
「慰(なぐ)さめ、安心させてくれる所(ところ)」だから、慰安所です。
連日、命がけの戦いや、そのための猛烈な訓練をしている兵隊さんたちを、安心してなぐさめてくれる所が、慰安所であり、あんしんできるように、やさしくなぐさめてくれる女性が慰安婦です。
今風にいえば、「いやし」や「リクラゼーション」といった語感が、そこにはあります。
英語で書いたら、売春婦は「Prostitute」です。
けれど、慰安婦は、「Comfort women」です。
「Comfort」には、苦しみ・悲しみ・悩みなどをやわらげ元気づけるといった語感があります。
つまり、かつての軍人さんたちは、彼女たちを、ただの性処理の道具などでは決してなく、彼女たちを「人」として、たいせつな女性として見ていたということです。
世界中、どこにそんな軍隊があるのでしょう。
日本の軍人さん、やさしいですよね。
同じ「慰」という字をつかった言葉に、戦時中の「慰問袋」があります。
これは、内地にいる小中高生たちが、外地にいる軍人さんに、ひとり一袋でいろんなものをとどけるときに用いたもので、本当は、兵隊さんたちをなぐさめるために訪問したいけれど、そういうわけには行かないので、せめてモノを贈ることで慰めようとするもので、日本全国で広く行われました。
慰問袋を送るのは少年少女たち、受け取るのは、外地にいる兵隊さんたちです。
この「慰問袋」は、誰の慰問袋が、どの兵隊さんに行くのかはわかりません。
物資の不足した世の中です。
中味だって、ちり紙や手拭い、石鹸、シャツや腹巻き、缶詰、赤チンなどの薬品、写真や自分で描いた絵、近所の神社でもらってきたお守り札などです。
子供たちが送るものですから、決して値段の高いものははいっていません。
けれど、心がこもっています。
その慰問袋には、送り主の住所と氏名を書いた紙を入れるのが慣例でした。
受け取った軍人さんは、贈り主ひとりひとりに、ちゃんとお礼の手紙を書くんです。
子供たちのために、です。
慰問袋は、ランダムに配られますから、誰の慰問袋が、どの軍人さんに行くかはわからないし、受け取った軍人さんは、送ってくれた子を知りません。
それでもちゃんと、いただいたからって、お礼の手紙を、心を込めて書きました。
すごいですよね。軍人さんたち、とってもやさしいです。
慰問袋は、外地にいる軍人さんたちにとって、涙がでるほど嬉しく、また楽しみなものだったそうです。
これについて、「91歳のホームページ」さんが、たいへんわかりやすい記事を書いておいでなので、ご紹介します。
http://homepage1.nifty.com/zpe0314/se2.htm
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【慰問袋】
兵隊にとって何よりの楽しみは慰問袋と慰問の手紙である。
これが内地との絆を保つ只一つの足掛かりといっていいからである。
慰問袋も最初のうちはその中身もお茶や海苔や缶詰や羊羹と豪華であり、純綿の袋に入れられていたが、年を追う毎に内地の物資不足をそのままに、するめやキャラメル、乾燥いもと内容が変わっていった。
袋も勿論人絹えと変わっていった。
しかし、中身は変わっても、兵隊にとって慰問袋は銃後の人達の温かい気持そのものであり、感謝の気持ちは片時も忘れなかった。
兵隊は実によく手紙を書いた。
暇さえあれば手紙を送った。
そして内地からの返事を首を長くして待った。
手紙を沢山出す方がその返事の数も多いこととなり、ローソク一本の明かりで、実にこまめに手紙を出したものである。
新聞もない戦地では、唯一の内地の様子を知る手段であった。
私もそうだった。
肉親や友人に、見ず知らずの慰問の主に。
わたしが貰った慰問の手紙を記して見よう。
時々刻々の内地の移り変わりを知る上に誠に好き資料と言えよう。
【慰問文集(すべて原文のまま)】
「僕は今度四年生になりました。今までちっとも勉強しませんでした。だがもう勉強をするくせをつけなくては。南ごう少佐のやうにかう空隊の大将にならうと思って居ます。
だから学校に行ってわき目もふらずに一生懸命に勉強します。をじさんも御国のために一生懸命にはたらいて下さい。ではお元気でさようなら。」
(昭和14.4.10発信いとこの子供より)
「兵隊さんおハガキどうもありがとう。
お返事おそくなってすみません。私も元気です。
三月二十五日には卒業しました。
そしてこんどは女学校に入れました。
学校の名は本郷商業家政女学校です。
だんだんと夏が近くなりました。
二十日に私達は歩いて遠足に行きました。
目的地は二子玉川です。
歩いたのは行きと帰りで、八里(32キロ)でした。
又近いうちに遠足があります。」
(昭和1.4.2発信慰問袋の人より)
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祖国を遠く離れた外地で、日々危険の中で働く兵隊さんたち。
その兵隊さんたちを気遣って、贈られる慰問袋。
その慰問袋に、丁寧に返事を書く日本のかつての兵隊さんたち。
いつ果てるとも知れない命のために、内地にいる子供たちから手紙や日用品が届くわけです。
この子たちを護ろう!
そう思う心に、ほんとうの勇気がわいてきたのかもしれません。
「慰問袋」にはいっているのは、モノです。
けれど「慰問袋」は、もっと大切な「心」を運びました。
そのやさしさに、兵隊さんたちは手紙を書いて答え、いざというときには、命を犠牲にしてでも銃を手にして戦ってくださいました。
そうしたやさしさの連鎖こそ、日本の姿です。
そして、それと同じ心が「慰安所」という名前にも、刻まれていると思うのです。
下にある写真は、有名な「日本軍の後に続いて川を渡る朝鮮人慰安婦たち」の写真です。
この笑顔をみてください。
http://blog-imgs-57.fc2.com/n/e/z/nezu621/20130730221855f62s.jpg
次の写真は、日本が統治する前の朝鮮人女性の姿です。
http://blog-imgs-53.fc2.com/n/e/z/nezu621/20120829191755060.jpg
同じ民族と思えないくらい、前者の表情は明るく、くったくがありません。
後者は、人生に何の夢も愛情もやさしさもなく暗くうちしおれた表情です。
同じ民族が、どうして短期間の間に、これだけ変わってしまったのでしょうか。
しかも、前者は、カネで売られた売春婦、後者は、物売りの女性です。
違いが生まれた理由はただひとつ。
彼女たちが、前者は人間として扱われ、後者はただの道具として扱われていたのです。
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【2】携帯で接続の皆様へ
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