三島由紀夫研究会メルマガ 800号記念号(円照寺、大神神社へ) | My Flame

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三島由紀夫研究会 HP URL http://mishima.xii.jp/
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 『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成26年(2014)3月22日(土曜日) 
         通巻第800号  800号記念号
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三島由紀夫研究会の奈良旅行の思いで
穂積秀和
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最近、三島研の関係者の皆さんにお会いすると奈良のことが話題に上ることが多くなった。私が自ら口にすることもそうだが、やはり三島由紀夫作品の『豊饒の海』の舞台となった『大神神社』、『円照寺』に大変な関心があるようである。
もちろん、『大神神社』は『奔馬』で、『円照寺』は『春の雪』の舞台となったところである。『大神神社』については、二の鳥居から拝殿に向かう参道の情景は『奔馬』の世界で克明、見事に描かれ、『円照寺』のお庭についても『春の雪』で『月修寺』として静寂な世界が見事までに描写されている。

私自身も過去に幾度と無く奈良を訪れている者として、正直言って皆さんと奈良旅行にご一緒し、三島作品の世界を共有できければとの思いも募ってきている。

古い話で恐縮だが、今から5年前のことであるが、平成21年4月12日の産経新聞朝刊に、『円照寺』のことが取り上げられていた。それは東京藝術大学大学美術館で『尼門跡寺院の世界』が4月14日(火)から6月14日(日)まで開催されるとのことであった。そう円照寺は「山村御殿」と呼ばれている門跡寺院である。

この時、特別なお許しを得て、玄関脇からお庭に入れていただいた懐かしい思い出が蘇ってきたものである。

お庭に足を踏み入れた瞬間、静寂な情景が目に飛び込んできた。それはまさに『春の雪』の世界であった。そこには何とも言えない感動、ただ佇む事しかできない静寂な世界が鮮明に蘇ってきたことを。今でも決して忘れられない思い出である。

それは、今から三十数年前に三島由紀夫研究会の企画で奈良旅行を開催し、一泊二日を会員の皆さんと楽しく過ごした思い出である。参加者は確か9名位だったかと思う。それを企画したのが小生で、お世話していただいたのは当時の三島由紀夫研究会の佐々木俊夫事務局長であった。また、当研究会が物心両面に亘って大変お世話になってきた、当時の代表幹事であり、板橋の氷川神社宮司の篠喜八郎氏にもお付き合いをいただいた。今回、良い機会でもあり当時の旅のことを紹介させていただきたいとの思いが強くなり投稿させていただいた。
記憶が少し曖昧のところはあるが、当時の記憶を辿り、思い出しながら紹介をさせていただきたい。

▲まずは大和三山を遠望し大神神社(『奔馬』の舞台)へ

東京駅の「銀の鈴」下で待ち合わせ集合し、新幹線にて一路京都へ。
京都から近鉄特急で橿原神宮前駅下車、橿原神宮に向かう途中にある、久米仙人の話で有名な久米寺に立ち寄り、それから橿原神宮の大鳥居をくぐり参道を抜け、南神門から入り橿原神宮の外拝殿で参拝。
とても広い神域、境内であった。ちなみに橿原神宮は大和三山の一つの畝傍山の麓に鎮座している。大和三山は、「天香具山」、「畝傍山」、「耳成山」である。
ここから隣接している神武天皇陵に向かい、神秘的で厳かな雰囲気の参道の玉砂利を踏みしめ、張り詰めた緊張感の中で御陵前に。ここで一人ひとりが思いを込めながら参拝し、何とも言えず心が洗われたことを覚えている。

その足で畝傍御陵駅前にある食事処で昼食を済ませ、旅行の目的地の一つでもある桜井の大神神社に向けて出発。大神神社には大和八木駅で下車し最初からの予定通り、ここでレンタカーを2台借りて向かう。
ここからは、それほど時間が掛からない距離で大神神社の参道に到着。参道脇に駐車させていただき程ない距離にあり、大神神社さん紹介の宿である「万直し旅館」に到着の挨拶に行き、通された部屋で暫し休憩。まだ明るい時間であるため、休憩後、皆で大神神社に参拝に向かうことになった。下乗の札のある二の鳥居から拝殿に至る参道の情景は、『豊饒の海』四部作の第二巻『奔馬』に見事に描かれている。まるで三島由紀夫氏に案内をされているかのような錯覚を覚えたものである。

大神神社では皆が敬虔な気持ちで参拝し、その後、拝殿の直ぐ脇を通っている「山の辺の道」を散策した。因みに大神神社は日本最古の神社と称されており、そこには記紀の世界が広がっている。憂国忌の発起人の一人であった保田與十郎氏も「山の辺の道」を著している。

話は横道に逸れてしまうが、今から遡ること四十年前位になると思うが、橿原神宮に隣接した宿泊設備のある橿原公苑でセミナー(学生文化フォーラム)が開催され、全国から100有余名の方々が参集し二泊三日の大変有意義な楽しい時間を過ごしたことを思い出した。
このセミナーのことについては記憶に間違いがなければ、セミナーの講師は黛敏郎氏、林房雄氏、嘉悦学園の嘉悦康人氏、大神神社から小林禰宜の各氏だったと思う。他に講師として、桜井市文化会館長の米田一郎氏がいらした記憶があるが定かではない。

小林禰宜からは三島由紀夫氏の想いでと大神神社の紹介があった。大神神社の紹介では、確か、毎日映画社製作の『大神の神々』の映像が流され、大変感激した記憶があるのだが・・・。
この時の話しに触発され、私自身、四季折々の大神神社、山の辺の道及びその周辺を訪れるようになった。
米田氏については、「山の辺の道」に建てられている“記紀万葉歌碑”の実現に尽力された方として名が知られている。
なお、このセミナーの参加者の中に、今は亡き三島由紀夫研究会の事務局長であった三浦重周氏の顔も見られた。三浦氏と一緒に撮った写真がどこかにある筈なのだが見つかっていない。その時の写真があれば、そこには、恐らく皆さんが想像もつかないような三浦氏の姿が見られると思う。


▲ドナルドキーンと三島参籠の部屋も見学

少し長くなったが話を元に戻すことにする。
大神神社から「万直し旅館」に戻り、夕食を兼ねて懇親会を開き楽しい時間を過ごした。この時間の中で即興の俳句会も催し夫々が披露し盛り上がったことを覚えている。
翌朝、朝食を済ませて大神神社に正式参拝に上がり、拝殿で神主さんに祝詞をあげていただき、巫女さんによる舞を見せていただいた。鈴の音がとても清々しい思いがしたことを覚えている。

このあと社務所に移動し大神神社の紹介映画である、前述した『大神の神々』を新人研修中の巫女さんと一緒に見せていただいた。いつ見ても良い映像である。
話しついでにもう一つ、実は、この時の奈良旅行の数年前にも三島研の皆さんで大神神社に訪れたことがあるが、その時には、当時の大神神社の中山和敬宮司のお取り計らいで社務所に泊めていただき、思いも掛けず立派な食事も出していただくという特別待遇を受けたことがある。その翌日には三島由紀夫氏がロナルド・キーン氏と参籠したときに宿泊された、お部屋も見せていただいたことも付記しておきたい。

ここから次の行き先である大神神社の摂社で、「山の辺の道」の道沿いに位置している檜原神社に車で向かう。本当は歩いて巡ることをお薦めしたいが、大人数の場合には体力差のこともありなかなかそうは行かない。

皆さんをここにお連れしたいと思ったのは、ここの檜原神社は「元伊勢」の一つとして伊勢神宮と何らかの深い関係があると思われることと、檜原神社を少し下った「井寺池」と呼ばれている、二つの池を挟んだ堤のところに川端康成氏の揮毫された歌碑が立っているからであった。

それは“大和は國のまほろば たたなづく青かき 山ごもれる大和し美し”である。実は川端康成氏が揮毫する前に他界されてしまい、実際には間に合わなかったが、関係者の努力により、ノーベル文学賞記念講演の「美しい日本の私」の中から当てはまる文字を探し出し、それを構成し、歌碑の実現に漕ぎ着けたものである。

余談であるが、歌碑の建立場所の選定については、憂国忌の発起人の一人でもあった保田與重郎氏が案内役を買って出たようである。また、黛敏郎氏も、推測であるがこの地を訪れていると思われる。なぜかと言えば、「題名のない音楽会」で秀麗なお山として三輪山(大神神社)を取り上げ、ここの檜原神社から遠目に見る二上山に沈む夕日のことを、大変情緒的に取り上げていたのを思い出す。それは大変美しい光景であった。

ついでに云えば、二上山については雄岳と雌岳があり、悲劇の皇子と言われている大津皇子が雄岳に眠っていることも触れておきたい。

ここから先のコースは景行天皇陵参拝、崇神天皇陵参拝、長岳寺(昼食)、大和神社参拝(参考までに大和神社は戦艦大和の守護神であった)、そして旅の最終目的地の帯解、冒頭に触れた円照寺のコースであった。ここから奈良に出て近鉄特急の時間まで奈良駅近くのレストラン(喫茶店だったか)で体を休め、皆で旅の思い出に花を咲かせて談笑し帰京の途についた。これが三島由紀夫研究会の旅行であった。

記憶を呼び起こしながら書いたが勘違いのところはご容赦願いたいし、ご指摘を頂戴したいと思う。

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「憂国忌」代表発起人のひとり、故遠藤浩一さんをしのぶつどいが開催されます。
遠藤浩一氏は拓殖大学大学院教授、同大学日本文化研究所所長をつとめ、「憂国忌」の代表発起人のお一人でもありました。
下記要領で「しのぶ会」が開催されますので、ふるってご参加ください。
              記
とき         4月8日(火曜日) 午後7時
ところ        文京シビックセンター 小ホール
    http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_shisetsukanri_shisetsu_civic.html

参加費        おひとり 1000円
プログラム      追悼の辞 渡辺利夫(拓殖大学総長兼学長)
シンポジウム     「追悼 遠藤浩一氏が向き合ってきたもの」
パネラー        荒木和博(拓殖大学教授)
            井尻千男(評論家、拓殖大学名誉教授)
            新保祐司(都留文科大学教授、文芸評論家)
            花田太平(日本文化研究所研究員)
            福田逸(演劇評論家、明治大学教授)
            宮崎正弘(評論家、作家)
            司会 荒岩宏奨
            閉会の辞 田久保忠衛(杏林大学名誉教授)

主催 遠藤浩一氏を偲ぶ会実行委員会(委員長 田久保忠衛)
問い合わせ       03-5314-9470(展転社気付)
◎どなたでも予約なく参加できます!
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四月の公開講座です!
第252回 三島由紀夫研究会「公開講座」
      記
日時  4月21日(月)1830(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷 四階会議室
講師  茂木 貞純氏 (國學院大學神道文化学部教授)
演題 「三島由紀夫と昭和二十一年元旦詔書」

<講師プロフィール>茂木貞純(もてぎさだすみ)氏は國學院大學神道文化学部教授、古宮神社宮司(熊谷市)。//