今日生まれの偉人伝 1月11日 伊能 忠敬 | My Flame

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今日生まれの偉人伝  2014年1月
                  

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1月11日生まれ

伊能忠敬 (いのう ただたか)

(1745~1818)

「人間は夢を持ち、前へ歩き続ける限り余生はいらない」

江戸時代の地理学者

上総(千葉県)の九十九里浜沿岸の村に生まれ、名前を神保三治郎といい、幼少の頃より向学心があり、特に算数が好きで、大人を負かしてしまうほどでした。

18歳のとき下総(千葉県)の佐原にある伊能家の婿養子となり、名を忠敬と改め、家業の酒造業に励み、江戸に問屋を出すなど30年間傾きかけていた商売の復興に力をそそぎました。又、村政にも力を尽くし私財で窮民の救助を行っています。天明の飢饉のときにも、苦しんでいる人々にお金を貸したり、米を安く売ったりしました。そのため、佐原村民には餓死者が一人も出なかったといわれています。

45才頃から暦学を学び、50才の頃、家業を長男に譲り、江戸に出て幕府の天文方(今の天文台長)の高橋至時(よしとき)の弟子となり、西洋暦法と測量術を学び、数年後には測量家の第一人者となりました。みるみるうちに暦学をおさめていった彼は、至時に「推歩先生」というあだ名をつけられました。推歩とは計算という意味です。

1800年、幕府の援助を得て、蝦夷地(北海道)の測量を行い、更に、全国の測量に従事し日本全国の測量を徒歩で行い、最後の測量を終えた彼は、「大日本沿海輿地全図」の作成を始めますが、1818年に亡くなりました。73歳でした。

彼の死から3年後、高橋景保(至時の子)の指導のもとで、久保木清淵や門弟たちは「大日本沿海輿地全図」を完成させ、1821年に「大日本沿海輿(よ)地全図」「輿地実測録」を完成させています。

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彼は又、子午線一度の長さを28里2分(110.85キロメートル)と定めました。
この数字は、ヨーロッパで計算されたものとほとんど誤差のない正確なもので、日本の地理学や、暦学の進歩に大きく貢献しました。

1863年イギリス海軍が日本付近に測量隊を派遣しましたが、伊能忠敬の作った地図を見て、(日本には正確な地図があると知り)測量は中止して帰国したと言う話があります。アジアでは、この当時正確な地図を持っているのは、日本だけであったといいます。

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 今日生まれの有名人

   伊能忠敬  (地理学者     1745年)
   洪秀全   (中国・政治指導者 1813年)
   鈴木善幸  (政治家・元首相  1911年)
   岡田茉莉子 (女優       1933年)

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