ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官でもあります。
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こんにちは。エンリケです。
いよいよ、脱営に対する処分が行われます。
どういう処分になったのでしょうか・・・
まえがきで触れられている
「師走」
ですが、私も今まで勘違いしておりました、、
あなたの習った歴史はもう古い
http://goo.gl/ekL60K
(エンリケ)
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荒木 肇
『歩兵第1聯隊脱営兵始末(10)——大正時代の陸軍(10)』
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□ご挨拶
師走という言葉が案外、誤解されている様子です。師=先生と思っておられる若い人が多く、「先生も走るんだって」という会話を電車の中で聞きました。そうではなく、ほんとうはこの「師」は昔のお坊さんのことです。昔の僧侶は態度、言語も荘重として、落ち着いたものであるはずが、その人たちまで慌しく走り回るという。それが「師走」だったそうです。
街に出ればツリーや星などの飾りつけ、クリスマスソングも流れ、すっかり年末気分です。コンビニの店頭を見ると、面白いことにクリスマス用品と年始の準備が同時に並べられていました。これも、現代風の季節感なのかも知れません。
ニュースや新聞を読むと、「特定秘密保護法」についての記事、報道だらけです。声高に反対意見を述べる人たちがほとんどですが、その中に、「昔の治安維持法」や「戦前の言論弾圧」を思い出すという声もありました。そのご心配ももっともですが、治安維持法や実際の言論圧殺事件の詳細をどれほど知っていて語っているのか疑わしく思います。
少し前まで、「軍靴の響きが聞こえる」とか「帝国主義の戦争にまきこまれる」とか語る人もいました。そういった流行が前にもありましたが、今回の反対論者たちの言動を見ると、またまた陳腐な「通説化した歴史の知識」の引用が多いと思います。
ほんとうに戦前社会は真っ暗だったのでしょうか。人びとは政府の弾圧で息苦しく、不幸な日々を送っていたのでしょうか。
反体制の人はいつの時代にもいます。警察や憲兵に追われる人は確かにいたでしょうが、そういう人にとっては毎日がたいへんだったことでしょう。しかし、多くの絶対多数の人たちは、今と同じように毎日を懸命に生き、ささやかな幸せを楽しんでいました。
希望もなく、真っ暗な気持ちで人間は生きていけるわけがありません。
そんなことを思いながら、大晦日に向けて一年のまとめを考えている今日この頃です。
▲新聞報道のウソ
32名の脱営隊の兵士たちと、後から追及した5名の兵士はそれぞれ取り調べを受けた。聯隊では「逃亡罪」は成立しないことから、なんとか穏便にことを収めたかった。逃亡罪は部隊に3日帰らないと適用された。彼らは脱営の翌々日にそろって帰営した。
そこで問題になったのは「結党罪」である。ほかに「偽って」営門を通過すれば、「哨令」に違反したことになるが、彼らは無言で隊列をととのえ衛兵の前を通った。衛兵はいつもの射撃演習の場所取りと判断して制止しなかった。どちらも哨令違反になる行為ではなかった。
ただし、後続の5人は別だった。衛兵に「先行した場所確保の部隊に追及する」と断って、営門の歩哨線をこえてしまった。偽りの理由で歩哨をあざむいたのだ。これは明らかな哨令違反にあたる。
誰が首謀者だったか。これが聯隊幹部の関心事だった。日露戦後は社会主義者の活動が盛んだったころである。当時の新聞は、今と違って、現代の週刊誌やテレビの報道のように、発売部数を競い合って無責任なセンセーショナルな記事が多かった。出どころもはっきりしない噂や憶測記事をそのまま流す、あたかも当事者から聞いたようなウソまで平気で載せていた時代でもある。
この1聯隊の脱営にも社会主義者が関わっていると書いた記事もたくさん出た。中でも陸軍当局が迷惑したのが、隣の歩兵第3聯隊に入隊した社会主義作家の扇動によるといった記事だろう。また、ほぼ同じころに脱営した横須賀重砲兵第2聯隊の社会主義者の事件とからめるといった記事は今でも確認することができる。
新聞記事はあたかも事実を書くという思いこみが私たちにはある。
大江志乃夫が指摘しているが、戦後に発行されたまともな研究資料の中にも、このでたらめな記事をそのまま載せているものがあるという。
歩兵第3聯隊の、出版会で活躍した(もちろん、後には社会主義から穏健な国家主義者に転向したが)ある一年志願兵も、いまだにこの脱営に関係しているという記述があるらしい。事実はまったく根も葉もない。
手元の『明治・大正家庭史年表』(河出書房新社・2000年)の明治41年3月3日の項には、『第1師団麻布1連隊の兵士32人、射撃演習が苛酷であることを理由に脱営。』と書いてある。まず、この記事の大きな間違いは麻布の聯隊と通称されたのは歩兵第3聯隊であり、1聯隊は赤坂を頭につけて呼ばれていた。
そして、人数も37名がほんとうのところである。これは、聯隊の発表が当初、32名の「脱営隊」について新聞記者に説明したからだろう。また、『麻布1聯隊』というのも、麻布の3聯隊の一年志願兵(早稲田大学卒)と関わるといった裏づけのない記事を元にしたことからの混乱に違いない。
聯隊の対応はすばやかった。まず、幹部たちを罰したのである。
すでに新聞には、間違った情報を元にしたものが載っていた。『首謀者は麻布第3聯隊の一年志願兵、猪熊中尉は責任を感じ屠腹(切腹)を覚悟』という都(みやこ)新聞(のちに東京新聞になる)の記事である。これが陸軍省の怒りの火に油を注いだ。都新聞はさらに論説で将校たちの責任を追及した。
▲幹部たちの処分
将校からは刑事処分者を出さない。ただし、脱営兵たちは全員を軍法会議にかけるといったことが師団の重要方針になった。それは、将校の責任問題をさかのぼっていけば、親補職たる師団長に責任が及ぶ。それは閑院宮(かんいんのみや)中将に落ち度があったことになる。宮は皇族である。また、そういう人を親補した天皇はどうかという話になるからである。
事実無根の社会主義者の扇動によるといった記事を否定するには、かえって兵卒たちの中の首魁(しゅかい)を明らかにし、主義者などいなかったことを公表するしかない。それは確かに事実だった。
兵卒たちの誰も、社会主義など信じていなかったのだ。
宇都宮聯隊長も自身の進退伺をそうそうに旅団長あてに出した。
新聞記者の前でも、責任は自分の監督不行き届き、自分が部下の教育不十分という発表を行った。
処分は、3月12日に公表された。歩兵第1旅団長からの通達である。
歩兵大佐宇都宮太郎は、軽謹慎3日。
同じく旅団長は師団長に対して、聯隊長による部下の行政処分を通報した。
歩兵少佐 福田栄太郎 『訓導の道を失い且(かつ)報告を稽緩(けいかん・遅らせること)するの科(とが)』によって重謹慎5日。
歩兵中尉 猪熊敬一郎 『訓導の道を失う科』重謹慎20日。
中楯週番特務曹長も『勤務を怠り且報告を稽緩』ということから重謹慎3日。(中楯が本名である。前回までは控えてきたが、すでに歴史上の事件なので本名を公開する)
謹慎という処分は軽いといえば軽い。将校が受ける罰は免官、降等、減俸、譴責などがあるが、謹慎はそれらより軽く、勤務をすることを許さない罰である。
▲兵卒の処分
3月27日、脱営兵たちへの軍法会議の判決が出た。首魁は1人、あくまでも自分が先頭に立ったと主張した一等卒である。軽禁錮3年が首魁(しゅかい)とされた佐野一等卒への刑であり、他4名の首脳(しゅのう)とされた一等卒はそれぞれ軽禁錮4カ月、他の32名の全員が軽禁錮1カ月15日という重いものだった。これは予想をこえた重いものだった。ただし、全員が「結党ノ罪」に問われただけだった。後から仲間を追いかけていって、新門衛兵を欺いた5人の罪は不問になっていた。
当時の第1師団衛戍(えいじゅ)監獄は現在の渋谷区役所、公会堂の場所にあった。その北側の原野は、現在、国立競技場、NHK放送センター、代々木公園などになっている。
猪熊はそのまま病気休職になった。首魁とされた佐野一等卒は出獄後、残りの現役期間を務めあげ、明治44(1911)年2月、宇都宮の使用人になった。一人、責任をとった「男気」を宇都宮は買っていたからだろう。
師団射撃競技会は10月10日に行われた。結果は第1聯隊の第九中隊が優勝した。資料によっては猪熊の第5中隊と書いているものもあるが、『歩兵第1聯隊史』には第9中隊になっている。
▲宇都宮太郎のその後
同年の末、宇都宮は参謀本部第2部長松石少将と会った。そこでは、後任に宇都宮を推したが長州閥に阻まれたという話をされた。当時の陸軍省人事局長は本郷房太郎である。将官人事は人事局長、大佐以下は補任課長が握っていた。ただし、この本郷房太郎は長州人ではない。
丹波国篠山藩士の子で陸士旧制3期の卒業で成績も65人中の54位という記録がある。
興味深いことに陸軍は、その通説である横暴さとは異なっていて、人事局長、補任課長に長州出身者がついたことが一度もない。不思議な閥のあり方でもあった。この本郷は寺内陸軍大臣の信任があつかったといわれている。それであるのに長州閥に媚びを売らなかったともある。
能力も高く、公平であったらしい。
ところが、松石の話とは逆に宇都宮は第2部長に異動する。そして、歩兵の射撃能力を高め…
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