満州は「中国」ではない
戦後、日本の学校では「日本は中国大陸を侵略した」という、いわゆる「東京裁判史観」「自虐史観」をさも正しい歴史のように教えて来まし た。いや、今も堂々と教えています。その場合の「侵略」とはどういう意味なのでしょうか? よその国を何の理由もなく武力で制圧すれば 「侵略」かも知れませんが、わが国は一度もそんなことはしていません。そもそも中国大陸には当時、統一国家といえるものがなく、内乱状態でした。満州も同じです。かつて「満州」と呼ばれた地域は今「中国東北部」と呼ばれていますが、当時、満州は中国ではありませんでした。 歴史的に「満州」と今の中国とは何の関係もありません。そういうことを教えないから嘘の歴史がさも正しい歴史のように見えてしまうのだと思います。
「満州」の語源である「マンジュ」は「女真族」とも呼ばれていた狩猟民のことでした。東北アジアの森林地帯に住み、獣を捕って暮らしていました。チンギス・ ハーンがモンゴル帝国を建国すると、その家来になりました。元が滅んで明になると「マンジュ族」は獣の毛皮や朝鮮人参や淡水産真珠の交易で富をたくわえ、モンゴル人とは同盟を結び、万里の長城の北の瀋陽を首都にして清朝を建国しました。明が内乱でほろぶと、「マンジュ族」 は万里の長城の南にまで勢力を広げて行きました。日本が日清戦争で戦ったのはこの清(しん)です。今の中華人民共和国は漢民族の国ですか ら民族が違うし、万里の長城より北にもともと漢民族は住んでいませんでした。
わが国は日本の国土に日本民族が住んでいるので分かりやすいのですが、中国は国土と民族が一致しません。古代から中国の王朝は何度も交代していて、支配する土地の境界線も常にはっきりしていませんでした。「国」の概念が違うので私たちには中国の歴史が分かりづらいのだと思います。
「満州は中国人のものだから、日本人を追いださなければならない」と嘘を言って漢民族を煽り、反日運動をやらせたのはコミンテルンでした。ただコミンテルンという組織がまた分かりづらくて、ソ連の国家組織というわけでもないようです。コミンテルン内部にはさまざまな国の出身者がいたようですが、とにかく共産主義者の国際組織です。日本は大東亜戦争に負けたばっかりに何でも日本が悪いことにされていますが、満州でさまざま な謀略をやっていたのは実はコミンテルンでした。日本人居留民を襲って日本政府を挑発したり、混乱を引き起こそうとしていたのはコミンテルンでした。その結果が満州事変です。
つまり今、日本の子供たちに「日本は侵略戦争をした」と教えている日教組の教師もコミンテルンの流れの延長線上にいるわけです。
このように複雑で分かりづらい満州の歴史を分かりやすく教えてくれる本があります。『真実の満州史[1894-1956]』(ビジネス社・1700円)です。著者は宮脇淳子さんです。私は以前、宮脇先生の『真実の中国史[1840-1949]』 を読んでとても面白かったので、その続編といえる『真実の満州史』が刊行されるのを楽しみに待っていました。読んでみて、本当に目から鱗の事実が次々と出て来ました。是非、一読されることをお勧めします。難しくありません、とても読みやすいですよ。
P9010822 <http://livedoor.blogimg.jp/hanadokei2010/imgs/0/9/09bea706.jpg>