運命の少年たち
シントラからリスボンに戻っても、まだ明るい時間帯だったのです。
この翌日にはポルトへ移動する予定なので、心残りないように、て思いましたね。
何度もそばを通っていながら入ってなかったサンロケ教会へ、行ってみようと思います。
カトリックの教会にしては いたってシンプルな外観ですが、

中は大変きらびやか。

この側面のひとつひとつに

このような像が納められております。(ほとんどブレブレすいません。)

サンロケ教会(Igreja de Sao Roque)はイエズス士教会。
(イエズス会といえば、かのザビエルさんが所属していたとこですね)
日本人少年4名による天正遣欧少年使節が一ヶ月滞在しました。
彼らはシントラの王宮にも招かれています。
さあ唐突に出て参りました天正遣欧少年使節とは?
ってここで歴史の勉強したくもないよねぇ。
とにかく!日本にキリスト教を持ち込んだイエズス会の偉いひとが、
日本で布教を広げるには 神学者を育てることが大切と考えたのね。
そして、ヨーロッパでの信仰の様子を体験させ 本人達に語らせようと。
ローマに向けて その4人の少年を派遣したわけです。
13才とか、14才とか、そんなの。神学校から選抜されました。
また日本への宣教資金をローマから引き出そうという目論見もあったようです。
選抜基準は 頭脳健康容姿だったそうですよ!
当時、織田信長の時代には キリシタン大名なるものがけっこういて
身分ある者の子息が神学校に通っていたりもしたようです。
出発は1582年1月。
マカオ、マラッカ、インド、ポルトガル、スペインを経て、ローマ教皇に謁見したのが1585。
その後イタリア各地を廻り、長崎に帰国したのは1590年7月。
時代はがっつり変わっていますよね!秀吉、家康とますます激しくなるキリシタン弾圧。
少年達の運命やいかに。。。興味があるひとは勉強してねっ(えーー)
カトリックの教会にかならずある磔刑像。

さらに血まみれで横たわるJesusとか、ちょっとカメラ向けられなくなったな。
リアルに凄惨。まじで痛いから。


ここは、お隣に博物館も併設されていました。(No Photo)
やはりジーザスと聖人たちの像がたくさん。教会のお宝ですわね。
今回の旅は 特別テーマはしぼれてなかったんだけど
日本との関わりについて、もうちょっと掘り下げても面白かったかなあ。
なにしろ初めて、西洋を持ち込んだ国ですもんね。
いわゆる外来語の中にも、ポルトガル語源のもの、いっぱいありますよね。
(かるた、カステラ、タバコ、パン、ボタン等)
1543の鉄砲伝来は有名ですが、他にもガラスとか、靴下、タバコもポルトガル伝来であり、
活版印刷機もこの少年使節が持ち帰った物でした。
西欧史に興味持っちゃったら いろいろ芋づる式に繋がってきます。
当たり前。世界は繋がってるんだよねー。


この翌日にはポルトへ移動する予定なので、心残りないように、て思いましたね。
何度もそばを通っていながら入ってなかったサンロケ教会へ、行ってみようと思います。
カトリックの教会にしては いたってシンプルな外観ですが、

中は大変きらびやか。

この側面のひとつひとつに

このような像が納められております。(ほとんどブレブレすいません。)

サンロケ教会(Igreja de Sao Roque)はイエズス士教会。
(イエズス会といえば、かのザビエルさんが所属していたとこですね)
日本人少年4名による天正遣欧少年使節が一ヶ月滞在しました。
彼らはシントラの王宮にも招かれています。
さあ唐突に出て参りました天正遣欧少年使節とは?
ってここで歴史の勉強したくもないよねぇ。
とにかく!日本にキリスト教を持ち込んだイエズス会の偉いひとが、
日本で布教を広げるには 神学者を育てることが大切と考えたのね。
そして、ヨーロッパでの信仰の様子を体験させ 本人達に語らせようと。
ローマに向けて その4人の少年を派遣したわけです。
13才とか、14才とか、そんなの。神学校から選抜されました。
また日本への宣教資金をローマから引き出そうという目論見もあったようです。
選抜基準は 頭脳健康容姿だったそうですよ!
当時、織田信長の時代には キリシタン大名なるものがけっこういて
身分ある者の子息が神学校に通っていたりもしたようです。
出発は1582年1月。
マカオ、マラッカ、インド、ポルトガル、スペインを経て、ローマ教皇に謁見したのが1585。
その後イタリア各地を廻り、長崎に帰国したのは1590年7月。
時代はがっつり変わっていますよね!秀吉、家康とますます激しくなるキリシタン弾圧。
少年達の運命やいかに。。。興味があるひとは勉強してねっ(えーー)
カトリックの教会にかならずある磔刑像。

さらに血まみれで横たわるJesusとか、ちょっとカメラ向けられなくなったな。
リアルに凄惨。まじで痛いから。


ここは、お隣に博物館も併設されていました。(No Photo)
やはりジーザスと聖人たちの像がたくさん。教会のお宝ですわね。
今回の旅は 特別テーマはしぼれてなかったんだけど
日本との関わりについて、もうちょっと掘り下げても面白かったかなあ。
なにしろ初めて、西洋を持ち込んだ国ですもんね。
いわゆる外来語の中にも、ポルトガル語源のもの、いっぱいありますよね。
(かるた、カステラ、タバコ、パン、ボタン等)
1543の鉄砲伝来は有名ですが、他にもガラスとか、靴下、タバコもポルトガル伝来であり、
活版印刷機もこの少年使節が持ち帰った物でした。
西欧史に興味持っちゃったら いろいろ芋づる式に繋がってきます。
当たり前。世界は繋がってるんだよねー。
