夫の言動や行動に悩む日々

夫の言動や行動に悩む日々

夫の言動にモヤモヤする日々を気ままに記録。

 


二人の息子と三人で行った正月の九州旅行が終わった。
慌ただしくも楽しかった数日間。
帰宅してからもしばらくは、その余韻に浸っていた。

 

ふと気づくと、家にあるはずのものがない。
お歳暮でいただいたはずのかまぼこやみかん、その他いろいろ。
もちろん、夫が購入していたはずの高級食材も見当たらない。

……まあ、想定の範囲内ではある。

 

私が旅行に出ている間、夫はそれらを義理姉や知り合いの家へ持っていったのだろう。
夫は昨年の年末から、昔の知り合いの家へこっそり通い、正月を満喫している様子だ。

そもそも、私が正月に自腹で旅行へ行かざるを得なくなった原因を作ったのは夫だ。
本来なら、一人静かに正月を迎えるのが筋ではないのか。
それなのに、なぜ満喫しているのだ。

 

夫がその「昔の知り合い」の家へ行っていることは、すぐに分かる。
必ず、正体不明の変なキノコを持って帰ってくるからだ。
毒キノコにしか見えないそのキノコを、夫は私に見つからないよう、義母の家の冷凍庫の奥深くに隠す。

もっとも、独特な匂いがするので、隠しているつもりでもすぐに分かるのだが。

 

昨年も一か月ほど経ってからそのキノコを取り出し、
「知り合いが宅急便で送ってきた」と説明していた。
そんなこと、最初からすべてお見通しだ。
私はただ、気づいていないふりをしているだけだ。

 

義母が家にいた頃は、毎年1月2日に必ず義理姉家族が集まっていた。
昨年の2日は私が旅行中だったため直接会ってはいないが、来た痕跡はしっかり残っていた。

 

今年も義母は家にいないし、
義理姉の息子も昨年入籍した。
さすがに、もう我が家で正月を過ごすことはないだろうと思っていたが、甘かった。

今年も義理姉は家族総出でやってきた。
しかも嫁まで増えている。


到着するなり、夫に「忘れ物」と言って眼鏡を渡していた。

やはり、私が12月30日から二泊三日で九州へ帰っている間に、
夫は義理姉の家へ行っていたのだ。

私はムカムカする気持ちを必死に抑え、挨拶をし、お茶を出した。
しばらく滞在したあと、義理姉が夫に
「そろそろ時間よね?」
と声をかけた。

何のことかと思えば、皆で義母の入所している施設へ行くという。
その話を、夫は私には一切していなかった。
裏では義理姉と密に連絡を取り合っているらしい。

本気で行く気はなかったが、
後で何か言われるのも面倒だと思い、
「私も行こうか?」と夫に聞くと、

「来なくていい。家にいろ。」

まるで邪魔者のような言い方だった。
私は一人、留守番をすることになった。

 

夫が私に来てほしくない理由は、他にもある。
夫は毎年正月になると、義理姉に食事代を渡し、
義理姉の息子には高価な贈り物と小遣いまで渡す。

私がいると都合が悪いのだ。
今年は嫁まで増えたのだから、
さぞかし大盤振る舞いだったことだろう。

私から奪い取ったお金で。

 

この調子では、これからも義理姉は家族総出で、
何かにつけて我が家にやってくるのだろう。

 

義理姉家族の集金活動は、

夫を通して、今後もずっと続くのだろう。
きっと、一生。


 

正月を家で過ごせない理由

今年の正月は、地元・九州へ帰ることにした。
そのことを夫に話したのは、数日前のこと。

いつ話しても、気分よく送り出されることはないので、
それなら、早く言うより直前のほうがまだマシだと思ったからだ。

正月に「旅行」という選択をした理由は、少し複雑だ。

 

旅行がしたいからでも、
贅沢がしたいからでもない。

ただ、

家族として過ごす時間と自分の尊厳を守りたかった、

それだけだ。
 

家であるはずの場所が使えない。

本来なら、家であるはずのマンションに息子たちを呼び、
家族で正月を過ごしたかった。

けれど、それは夫によって妨害され、
マンションを使わせてもらえなくなった。

家族で過ごす「場所」を奪われ、
私は息子たちとどう過ごすかを考えるしかなかった。

 

正月を家で過ごせない現実。

マンションが無理なら、
私が普段生活している、自分の家でもあるはずの寺に
息子たちを呼んで過ごすことも一瞬考えた。

けれど、正月には義理姉一家が来る。
ちなみに義理姉は、ここが「弟の家」という自覚がなく、
今でも自分の実家のつもりでいる。

もし私がそこにいれば
息子たちを呼ぶどころか、
正月早々、家政婦のように働かされ、
挙げ句の果てにはお金まで出す。

そんな理不尽な光景が想像できた。

 

そんな馬鹿げた状況を受け入れるわけにはいかない。
だから私は、数年前から
正月は外で過ごす。

という計画を立てるようになった。

 

服を買いに行っただけなのに

久しぶりの九州。
日頃ほとんど出かけることもなく、
きちんとしたお出かけ用の服も持っていないので

今日は服を買おうと思い出かけることにした。

すると夫が「一緒に行く」と言い出した。
正直、ものすごく嫌だったが、
当然のようについてきた。

私が試着している間、夫はずっと店内で待っていた。

そこまで付きまとうのなら、
服の一着くらい買ってくれてもいいのではないか。

そう思ったが、
もちろん、買ってくれることはなかった。

 

義理姉や知り合いには、
高価なものを平気で贈るのに、
私には服の一着すら買ってくれない。

だんだん気分が悪くなり、
この人がいる前で買いたくないとさえ思えてきた。

気持ちは塞ぎ、
マイナスな考えが次々と浮かぶ。

旅行のために服を買ったところで、
今後着ていく場所なんてないのになど・・・

そう思うと、どうでもよくなり、
腹立たしさだけが残った。

結局、
欲しかったパンツ一着すら買えずに店を後にした。

※この夫といると、確実にマイナス方向へ引きずられる。

 

決定的だった言葉

嫌な気持ちのまま帰宅し、
マンションのエレベーターに乗ったときのことだった。
夫はまた、信じがたい言葉を吐いた。

「その小汚い服でも着ていけばいい、それが一番お似合いだ」

そう言って、ニタニタ笑った。

心の底から、憎かった。

「久しぶりにみんなに会うから、たまには綺麗な格好をしたかっただけ」

そう言った私に、夫は大爆笑した。

 

その瞬間、はっきりわかった。

この人は、もうダメだ。
心底、人として終わっている。

 

※ちなみに、私が着ていたのはユニクロの服だった。
それのどこが「小汚い」というのだ。

お花畑の頭では、
きっと感性そのものが違うのだろう。

夫が頻繁に買っている品物ばかりなだけに、
このブログに辿り着きそうで、ちょっと怖い。
読めば私が書いていることも特定されてしまうだろうが、
それでも事実として記録しておく。

 

今年も始まった。
買う。
届く。
また買う。

 

高級フルーツ店の贈答用枯露柿。
立派すぎる塩引き鮭の寒風干しが一本。
北海道産の特大数の子まで。

そしてそれらを、
「どうだ」と言わんばかりに、
わざわざ私の前に持ってきて見せつける。

 

私にお披露目が済むと、
満足した顔で箱を閉じ、
今度は姑の家の冷蔵庫へと運ばれる。

我が家に届く→私に見せる→姑の冷蔵庫に保管
そして正月、義理姉家族を食事に連れて行き、

これらの品を義理姉達は当然のように持って帰る。

 

毎年変わらない、
お決まりの流れだ。


色々ありすぎて、私はその姉が心底嫌いだ。
その息子夫婦も、まとめて嫌い。
遠慮や配慮など一切ない。

 

義母が施設に入所した今でも、
なぜかこの家にこだわり続ける義理姉一家。
何がなんでも「うち」に来る。

 

私は、
どこまでこの人たちに

苦しめられるのだろうか。