ご訪問ありがとうございます。

アメブロはサブブログで、FC2がメインブログです(ブログ名は同じ)。インド・チェンナイ関連記事は80%ほどはアメブロにもコピペ投稿していますが(FC2の方がカテゴリ分類が細かく検索しやすい)、乳がん&乳房再建関連の過去記事は主な投稿しかこちらにコピペ投稿していません。(詳しくはこちら目次を)。コメントはFC2からお願いします。宜しくお願いします。

----------------------------------

 

前回の投稿に関連して、昨年末に旅立った友人(新卒で入社した会社の同期。彼女は悪性リンパ腫に対する抗がん剤治療中に呼吸器系の難病指定・治療方法が確立されていない病に罹患。それが原因で他界)に、奇跡的に会え、奇跡的に長時間会話できた時に感じ、ずっとここに綴ろうかな?と思っていたことを書いてみたい。

昨年秋。彼女が入院する療養型の病院の個室に入ると、ベッドに横たわり、鼻からの酸素吸入(鼻カニュラ)の力を借りて懸命に呼吸をする彼女の姿があった。その姿を見た時、「孤独だろうな....。家に帰りたいだろうな.....」とまず思った。彼女がラインが出来た時に、彼女から貰ったラインの内容などからそう思った。

因みに、私が奇跡的に彼女に会えたこの時は、彼女の腕は痩せ細り、スマホを持つことすらままならず、ラインは彼女がもの凄く調子がいい時に必要最低限文章を入力できる程度だった。そんな状況にもかかわらず、私がお見舞いに行った前日に、彼女は私に「今は転院をし、......に居る」という状況を説明するラインメッセージをくれた。力を振り絞ってくれたのだ。

話しを戻して.....。彼女の病室に入って暫くは彼女が懸命に呼吸をしている状況だったので、私が一方的に話をし、彼女の返答を最小限にするような形式で彼女と会話。その中で、「自宅に戻りたいよね?リスクを取ってでも」と思わず私が言うと、彼女は何度か大きく首を縦に振った。なぜなら、彼女の姿を見て、私自身が2015年2月に福岡で左肩脱臼に伴う左肩手術を受け、2週間ほど個室に入院した時のことが思い起こされ、「動けない状態の個室.....。孤独だよな....」と切に思ってしまったからだ(因みに、乳がん手術入院は4人部屋でしかも乳がん患者のみの病棟。翌日から自由に行動でき、リハビリや乳がん闘病仲間・見舞客とのお喋りにも忙しく、しかも認知症義母の介護からも解放され楽しかった)。

暫くすると、彼女の呼吸が整い、いつもの彼女と会話しているような錯覚に陥るほど彼女の口数が増加。そして、家族も信じられないほどの長時間、彼女との会話が出来たのだが、その時に、「家族は私が自宅に戻ると不安で心配なのは分かる。けどね、やっぱり自宅に戻りたいんだよね....」といった想いを話してくれた。

それを聞きながら、認知症の義母を介護していた時のことが思い起こされた。私が乳がん手術を受けた頃、義母の認知症が一段階進み、信頼できるケアマネジャーさんから、「じぇんりーさん、施設への入所を考える時期に着ましたよ」と告げられ、義母が好きそうでスタッフが良さそうなグループホームに義母を連れて行こうとした時のこと等が蘇ってきた。家族は限界、でも本人は自宅がいい....。難しい.....。

最近、90代の認知症の実の親を介護する友達からあることを聞かれた。それに対し「誰もが自宅が一番だよ!そんなの決まっているよ!だけど、施設や病院に居てもらわないと、看病介護する人が疲弊してしまうこともある。仕方がないんだよ!」と私は答えた。

今日のオマケは今年の元旦の夕陽



「読んでよかった」と思われたら
↓応援クリックをお願いします。

人気ブログランキングへ
クリックすると「乳がん」カテゴリーのブログ一覧に飛んだり
「インド」カテゴリーに飛んだりします。ご了承を。コントロール不可みたいで.....