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乳がん術後6年&シリコン・インプラント術後5年検診関連の前に書いていた、シンガポールでの卵巣嚢腫手術&乳腺外科クリニック定期検診体験談シリーズ。
シリーズ最後に、『本帰国後、シンガポールの婦人科医と乳腺外科医からもらった診断書及び画像を持って念のため都内の大学病院を受診。「えー?日本の大学病院って??プライバシーないの?えー??シンガポールとは全く違う!マジ??」と、2003年の日本の最先端医療現場の現実に愕然とした』と書いた。今更感があるが、今日はこの続きを(このシリーズに関しては「海外医療体験談」カテゴリーを参照)。
本題に入る前に、シンガポールの産婦人科で卵巣嚢腫の手術について主治医と相談していた時のこと。「実は、今、このクリニックの近くの乳腺外科クリニックに定期的に通っている。バイオプシー(生体組織採取検査)をする必要があるかもしれない」と私が主治医に言うと、「もしバイオプシーの必要があるなら、私がその乳腺外科クリニックの先生と話をし、手術の日程調整をします。卵巣嚢腫の手術時に、乳腺外科クリニックの先生にも来てもらって、組織を採取してもらえば、無駄な麻酔をかける必要がありません。こういうことは良くあります」と言われた。
「乳腺外科医による乳がん手術の後に、形成外科医が入ってエキスパンダー挿入手術をする」ことを体験した今の私なら、「そうですね!」と思ったと思うが、当時は「合理的!」と感心した。「面識がない先生と話してくれるんだ....」と感心すらした。
合理的で感心するシステムに、黙っていても出て来る手術や診断に関する明確な説明書と画像。シンガポールの医療システムに感心・安心して日本に本帰国。夫の会社による帰国者&家族健康診断を受けた病院から紹介された都内の某大学病院に、シンガポールの医療機関からもらった資料一式を持って行った。余談だが、2003年当時の「帰国者&家族健康診断」と、今年のそれとは診察項目・内容が大きく違う。今は形式的だ。経費削減だね。
この大学病院で、婦人科と乳腺外科の双方を受診したが、まずは乳腺外科から。繰り返しになるが、これは2003年当時の話だ。
今から15年前の出来事。詳細は覚えていない。初診時は朝8時ぐらいに受付。5時間以上待たされた記憶がある。受付番号と待ち時間表示があったので、院内はウロウロできた。
それだけ待ったのに、呼ばれて入ったら医師はいない。看護師による問診だった。「シンガポールからの画像はありますが、再度、マンモをここで撮影して下さい」と告げられた。それから更に数時間待って、マンモの撮影をしたように記憶しているが、定かではない。
覚えているのは、朝8時ぐらいに病院に入り、出てきたのは夕方5時か6時あたりで物凄く疲れたこと。1日仕事だった。しかも合理的ではなく、シンガポールとのギャップで「えー?マジ?」と驚くばかりだった。
画像診断が出た頃に再診。予約診察だ。指定時間に行くとポケベルが渡された。「あなたの待ち時間はXX時間ほど。順番の1時間か30分前あたりにはポケベル表示が出ますので病院に戻って来て下さい。それまでは、戻って来られる場所ならどこに行ってもかまいません。電車に乗ってもOKです」と告げられた。電車に乗り、ある場所に行って数時間過ごした。「予約でもこんなに待つの?」と驚いた。
戻って来て暫くすると、中待合室に呼ばれた。中待合と言っても、診察室の前の廊下に丸椅子が並べてあるだけ。診察室の声は聞こえてきた。昔や古い病院にある感じだ。
乳腺外科の医師は、教授と思われる偉い先生と若い先生。「乳がんの方・深刻な方は偉い先生の診察になる?」と丸椅子に座りながら感じた。偉い先生の診察から出てくる患者さんや付き添い家族の表情や、漏れ聞こえてくる診察内容からそう思った。
私は若い先生の診察となった。「異常はないので、今後は市町村の乳がん検診でOK」と言われた。それ以外の詳細は覚えていない。
それよりも、私の診察室と横の偉い先生の診察室はカーテンで仕切られているだけで、偉い先生の診察内容が丸聞こえなことに驚愕!たまたま私の診察時に隣で診察を受けていた方が乳がん告知で、そちらの事ばかりが気になった。全て聞こえてくるので、乳がん告知を受けているのは、当時の私と同年代か下。30代前半のように思えた。患者さんのショックや付き添いのご両親の緊張感などがカーテン越しに伝わってきた。手術の話などもしていた。
暫くは、同年代の乳がん告知!という事実に衝撃を受けていたが、診察室から出て冷静さを取り戻し、「プライバシーが全くないんですけど.....。シンガポールとは比べものにならないんですけど.....。日本の大学病院はこれが標準?」と恐ろしくなった。
それから10年後。千葉船橋の地元乳腺外科クリニックで乳がんの疑いになった。そのクリニックのとても信頼できる乳腺外科医が「提携している病院はXX病院(乳がん手術を受け、今も通っている病院)。だが、希望があれば、どこでも紹介できます」と言った時、「あの大学病院だけはイヤ!」と思った。もちろん、今は改善されているのだが。
この時の体験があったので、紹介された今の癌専門病院に行った時、「ちゃんとしている。プライバシーもある。綺麗だし」と安心したことを覚えている。それでも、紹介元クリニックからマンモとエコー画像を持参したにも関わらず、その癌専門病院で、マンモ・エコーなど0からの検査が始まった。「無駄だな...。日本の医療保険システムは検査をしないと儲からないからかな.....」と思った。
今日のオマケも友達が送ってくれた最近のマレーシア・ジョホールバルとシンガポールの国境渋滞。懐かしや!

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