気仙沼大島海開き終了
Sanriku Umi-Biraki in Oshima 先ほど茅ヶ崎に戻りました。
皆でやった一歩がどんな歩幅だったのか、どこまで貢献出来たのか、まだ実感もないし、自分の気持ちを纏めきれていません。しかし、取り組んで良かった!意義はあった!と感じています。
‐海開き式典での「あの地獄の中で海を恨んだが、気仙沼市民は海と共に生きて行かなければならない。先祖代々、そうやってきたし、教わってきた。海水浴場で子供たちの歓声が生まれることを願っている。」と言う言葉が胸に突き刺さりました。
‐臼井さんの「まだまだ復興にたどり着いていない、復旧なんだ」と言う言葉に唇をかみしめました。
‐「またホルモン食べに来てな!」って見送ってくれた観光協会の皆様の笑顔と、フェリーが見えなくなるまで両手を振り続けてくれた姿が頭に焼き付いています。また、戻ってこよう!と強く思いました。
SORD高田代表はじめ、関係者の皆さま本当にありがとうございました。また、海で会いましょう!
http://www.news24.jp/articles/2012/07/21/07209988.html#
皆でやった一歩がどんな歩幅だったのか、どこまで貢献出来たのか、まだ実感もないし、自分の気持ちを纏めきれていません。しかし、取り組んで良かった!意義はあった!と感じています。
‐海開き式典での「あの地獄の中で海を恨んだが、気仙沼市民は海と共に生きて行かなければならない。先祖代々、そうやってきたし、教わってきた。海水浴場で子供たちの歓声が生まれることを願っている。」と言う言葉が胸に突き刺さりました。
‐臼井さんの「まだまだ復興にたどり着いていない、復旧なんだ」と言う言葉に唇をかみしめました。
‐「またホルモン食べに来てな!」って見送ってくれた観光協会の皆様の笑顔と、フェリーが見えなくなるまで両手を振り続けてくれた姿が頭に焼き付いています。また、戻ってこよう!と強く思いました。
SORD高田代表はじめ、関係者の皆さま本当にありがとうございました。また、海で会いましょう!
http://www.news24.jp/articles/2012/07/21/07209988.html#
