子供の頃、家の近所には空き地や田畑が多く、いくらでも遊ぶ場所がありました。
高速道路の工事現場にすらズカズカ入っていって遊んでいたという、今考えると恐ろしい時代です。
空き地なんかで遊んでいると、いろんなものが落ちていました。
一番多かったのが色っぽい雑誌
当時コンビニもファストフード店もなけりゃペットボトルもなかったので、ゴミは空き缶や空き瓶が多かったです。
あとパチンコ玉がいっぱい落ちてた。
パチンコは今も昔もやらないのでよくわからないのですが、なんでそこら中にパチンコ玉が落ちてたんでしょうね?
小学校も中学校も校区内にパチンコ屋は一軒もなかったし、そもそもあれは持って帰ったりするものなの?
今もって謎。
子供だから落ちてるものをいろいろ拾って遊んだものですが、どれだけ気に入ったガラクタでも、もちろん家に持って帰ったりはしません。
ただ例外がありました。
まず「寛永通宝」。
田んぼの畔で緑青出まくりのボロボロ状態で拾いました。
なぜ江戸時代の通貨が一枚だけ落ちていたんだかわかりませんが、お金だから捨てられないし、交番に届けるのもちょっと違う。大人になってから調べてみたら価値は無いに等しいので売ることもできない。
今も大切に持っています。
もう一つが「ロザリオ」。
自宅前の公園の砂場に埋まっていたのを発掘しました。
確か拾ったのは小学校低学年の頃ですが、子供でもそれがどういうものかはわかります。
イエスさまをまた砂に埋め戻すのも、どこかに捨てるのも気が咎めます。
困り果てた末、こっそり持ち帰ってきれいに洗って乾かして、母に見つからないようにずっと隠し持っていました。
そのうちチェーンの部分が取れてしまって十字架だけになってしまいましたが、これも今でも持っています。
ゼムクリップなんかの小さい雑多なものと一緒にキャンディの缶にしまっていたこのロザリオを、先日たまたま息子が見つけたようで。
「欲しい」と言われたのであげました。
なぜこれが欲しいのかと問うと「うーん、なんかカッコいいから!」だって。
いやいや、これはカッコいいとかそういうもんではないんやで。
我が家は無宗教なので、これも良い機会かと思い、ロザリオの何たるかはきちんと説明しておきました。