2012年は凄い年になりそうだ。


前回のブログで紹介したマッキントッシュが始めて、世界に、マウス付きのパーソナルコンピュータを発表したのは事実です。

しかし、それはアップルが開発したものではありませんでした。

まだマッキントッシュができる前、アップル・コンピュータの社長、スティーブジョブスは一企業に社会見学に行きました。ゼロックス、という会社です。

ゼロックスはその時にマウスを開発していたのです。しかし、販売部長は、こんなもの売れない、と目もくれず、部屋の隅においてありました。スティーブはこれに目をつけ、マニュアルを読んでいたら、これが欲しいなら破格で譲ってあげる、と担当者から言われ、これを入手したのでした。そしてそれを持ち帰り、改良を加えて、最終的に完成したのがマッキントッシュなのです。

IBMがパーソナルコンピュータの将来予測を間違ってしまったのと同様に、ゼロックスもマウスがパーソナルコンピュータになくてはならないものだと言うことに気がつきませんでした。

スティーブはマッキントッシュを発表したときにキャッチフレーズを作りました。それは、「20世紀の自転車」です。

自転車は例えば右に曲がるときに、体の角度、体重を少し右に寄せて、ハンドルを曲がりたい位置に曲がりたい位置に何度向けてなどと考えません。右に行きたいとき、左に行きたいときには、考えなくても体がそのように動きます。

マウスができるまで、コンピュータはやりたいことがあるとき、すべてはキーボードから入力していました。マウスができたことで、メニューからやりたいことを選べば、その機能が使えるという画期的なアイデアを思いつきました。これが、「20世紀の自転車」という言葉で表現されました。

マイクロソフトはこれに追従して、それまでMS-DOSを基本ソフトとしていましたが、アップルをまねて、Windows というOS を基本ソフトとするようになりました。

これで、マウスは世界標準となり、今ではマウスの機能が付いていないPCは見当たらないほど、当たり前、の機能となっています。

アップルが最初のPCを作り、IBM PCがおもちゃで終わっていたかもしれない市場をビジネス用として拡大し、コンパックのような互換機がさらにそれを広め、マウスがついたマッキントッシュやWindowsが広まりました。これは波。大波、小波がPC市場に常に押し寄せ、また次の波がやってくる。しかしこれらの波は自然に起こっているのではなく、どこかに仕掛け人がいて、水面に波紋ができるように段々と大きくなっていったものです。

アップル社は今年世界で最大の利益を上げる会社になりました。アップルもマイクロソフトも大きな収益を上げて、株主はどんどんと収益を上げています。テクノロジーが進めばこうした企業は収益をあげていくパターンは続きます。

それでは、我々個人は、こうしたテクノロジーから収益を上げることはできないのでしょうか。

これらの会社が開発してくれたテクノロジーを製品として使っていることを、見えない収益と考えれば納得できなくもありませんが、それに伴って経済的な収益を獲得する方法はないのでしょうか。

あります。それが、2012年は凄い年になりそうだ、ということなんです。インターネットの市場が変わろうとしています。急速に変わろうとしています。だから、”みんなのテクノロジー”。この波に早く乗れば、誰もが白波の上に立てるかもしれません。

(続く)
2012年は凄い年になりそうだ。


ところが、ビルゲイツは権利を獲得したものの、基本ソフトはもっていなかったのです。

正に「成せばなる成さねばならぬ何事も、成さぬは人の為さぬなりけり。(上杉鷹山)」ですね。

それからビルはシアトル中を駆け巡り、基本ソフトの元になる小さな会社を見つけました。シアトルコンピュータという会社です。Q-DOS という基本ソフト。なぜ、基本ソフトというかというと、これがなければ、コンピュータは脳ミソのない植物人間みたいなもの。これを入れれば人間として考えることができる、と言うようなものなんです。

ビル・ゲイツは巨大企業IBMと契約を結んだときに、売るものを持っていなかった、って言うことなんです。

ビルは、シアトルコンピュータからこれを5万ドル(約500万円)で買い上げました。

そして、マイクロソフトとしてそれに改良を加え、IBMの基本ソフトPC-DOSを完成させて、IBMに納品したのでした。

因みに、マイクロソフトの年間売り上げは昨年699億ドル(約6兆9900億円)でした。


この間、アップルIIはと言えば、互換機がたくさんできてしまい、アップル(Apple)まがいの、パインアップル(PineApple:パイナップル)コンピュータ、オレンジコンピュータ、メロンコンピュータ、カメレオンコンピュータなど数え切れないほどの互換機が出始めて、中国でもたくさん生産されました。

天下のIBMPCもこれに違わず、たくさんの互換機が生まれていました。この互換機市場で歴史に残る成功を収めたのが、最優秀互換機、コンパックコンピュータです。

コンパックコンピュータは最初の機種を発表してから1年間に53000台のPCを販売しました。

これはパーソナルコンピュータというものが何であるかが分からない時代の歴史に残る巨大な販売実績です。

それまで誰も知らなかったメーカーの互換機が瞬く間に大人気となり、IBM PCはいらないがコンパックコンピュータならすぐに欲しい、と言う声が全米に広がりました。

なぜそれが実現できたかと言えば、創設者であるロッド・キャニオン氏が、パーソナルコンピュータとは何であるか、消費者は何を望んでいるのかを読むことができていて、その読みが的中したからです。

そんなことがあって、アップルとIBMはどちらが市場を取るか、戦っていたのですが、IBMは命である基本ソフトをマイクロソフトに託してしまったので、IBMの本当の敵はアップルではなく、マイクロソフトだったことに気が付いていませんでした。

だから、マイクロソフトはIBMに販売したPC-DOSとほぼ同じ基本ソフト、MS-DOSを自社のソフトとして販売しました。

コンパックコンピュータはこれを採用して、IBM用に作られたソフトウェアは全部コンパックでも使用できます、と公表して、IBMの市場に乗り込んでいったのでした。

一方、アップルはアップルIIの互換機で市場を荒らされたため、まったく新しい、機種を発表しました。

その頃、パーソナルコンピュータで画面に絵を書くのは大変なことでした。それまでのPCにはマウスというものがなく、何かするにはキーボードを打って操作するしかありませんでした。

これがマッキントッシュです。

世の中のコンピュータがマウスを使うきっかけになった最初の機種。アップルが好きな人、アップル崇拝者たちが心待ちにしていた、マッキントッシュ。りんごの中で、もっとも美味しい種類はマッキントッシュ。その発表に心が震えるほどの感動を覚えた人、目に涙する人がたくさんいました。

"Macintosh, Insanely Great!" 、「そんなの馬鹿げているよ、と言えるほどの偉大な製品、マッキントッシュ。"。その場面を見てみましょう。

スティーブ・ジョブスが胸から出す一枚。これが新しい基本ソフト。MacOS,マックオペレーティングシステム。
これを入れれば、マックは文字を書きます。絵も書きます。そしてじゃべり始めます。



マッキントッシュが発売されたときには、簡単に絵が書けるソフトウェアが一緒についてきました。

これで世の中が一歩前進しました。

ところが、これにも秘密があったんです。。。

(続く)
2012年は凄い年になりそうだ。

それはマイクロソフトやシスコと言った世界のインターネットを動かしている企業が、次の時代を作るための仕込をしているからです。表面化していないので、多くの人はまだ気づいてませんが、各国でそれらをベースにして数百の会社がこの仕込始めています。ということは、、、

いよいよインターネットが本当の意味で世界をつなぎ始めるということです。

大波でも、それが絶頂に達して白波となるのは、水面の動きを見ていてもわかりません。それは、たとえが悪いかもしれませんが、東関東大震災のように、水面下奥深くで、誰も気づいていないときに突然として異変が起こり、それがまもなく表面に現れてくる、というタイミングで起こります。

そして、小さく揺れ始めた水面には小さな波が起こり、次第に大波になり、大波は我慢できずにその頂点に白波が立ちます。白波となった巨大な波は止まるところを知りません。

こんなことがPCやインターネットの世の中でも起こっています。

その発端はアメリカ・カリフォルニア州のガレージで起こりました。

アップルコンピュータを作ったスティーブは1975年頃に、その頃冷蔵庫内が暖かくなるとスイッチが入り、冷たくなりすぎるとスイッチが切れる、というセミコンダクターがあることを見つけて、それをボードに付けて、アップルIというパーソナルコンピュータの原型を作りました。海に小石を投げて、波を立たせて見た、という感じですね。

アップル コンピュータ $みんなのテクノロジー(People's Technology`)
初代 Apple I Computer


これが思惑以上に数十台売れて、ボードじゃ格好にならないから、とアップルIIを作りました。そうしたら、最初に投げた小石が海底についたのか、それが異変を起こしたのか、アップルIIは学校や大学、研究室などで使われ始め、ぐらぐらと海に気泡が浮かんでくるように何かが起こり始めました。

$みんなのテクノロジー(People's Technology`)
Apple II Computer


今でこそ、こうしたコンピュータは、パーソナルコンピュータとかPCと言われますが、その頃は、マイコン、オフコン、大型コンピュータなどはあったものの、パーソナルコンピュータって何、という時代で、どれがなんなのか分からない時代でしたが、オフコンや大型は普通の学校や研究所では高額すぎて取り入れることができなかったので、とにかく、計算機よりも役に立ちそうだ、ということで、普及し始めました。

そして、5年ぐらいのうちに、アップルIIはいろいろなところで使われるようになりました。このころ、ビッグブルーと呼ばれていた世界最大のコンピュータメーカーIBM は「あれはおもちゃだ。我々が介入する市場ではない。」と関心を寄せませんでした。

昔、コンピュータと言えば、IBMとこだまが返ってくるほど有名だった、誰もが知っているIBM、International Business Machine。日本のメーカーにはコンピュータは作れない時代があって、外見は作れても頭脳はIBMから買わないと動かない、使えない、という時代がありました。

ところが、アップルIIが多くの大学に入り始めたので、IBMも多少あせりを感じ、1981年にパーソナルコンピュータ市場に介入、瞬く間に、アップルIIの市場の半分以上に浸透していきました。流石、IBM。誰もがそう思い、やっぱりコンピュータはIBMだ。安心だ。と思っていました。

$みんなのテクノロジー(People's Technology`)-IBM PC
初代 IBM PC


ところが、外見は作れましたが、IBMは本当はパーソナルコンピュータを動かすための基本ソフト、を持っていなかったのです。これを嗅ぎつけたのがその頃、名前も知られていなかったシアトルに住む坊や、ビルゲイツだったのです。ビルゲイツはIBMの基本ソフトをOEM生産するための権利を獲得しました。

ところが、ビルゲイツは権利を獲得したものの、、、

(続く)