カメラを止めるな! 風に付けてみました笑。


夜中にブログを書く、という初めての試み。
出したい言葉がぐるぐるして眠れないようで。


キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ


「泣く事が予想されるのでタオルを用意して来て下さい。」
と言われたのに、泣けなかったことがあった。

それどころか、なんだか可笑しくなって、笑い始めてしまった。

他の2人は泣いていた。

それは、なんと言うか…
日常では出来ないような、今まで溜め込んだ感情を放出させて、新しい自分に産まれて変わる!
という期待と予感があった。

それは涙のはずだった!
なので、2人は激しく泣いていた。
なのに、私は笑いが止まらない。

わぁぁぁ! と泣いてる側で

ハハハハハハ…!と笑い続ける私。

カオスです。
しかも「地球体験ってチョロいわ〜!」とはっきり感じてる自分がいた…チャラい!誰⁈


嵐の様な時間が過ぎ去り、日常の自分が戻って来ると、

「これで良かったのか…!?」となり。

「なぜ、泣けなかった…!!」と、翌日も落ち込んだ…
その時、自分の変化の一端として、自分の感情も次への一歩としたけど、


先日、その話になり
あの反応面白かったね〜笑
笑う人はまだ出てないよ〜笑
と皆に言われてホッとしたのに、思い出すと落ち込む自分が居た。



何故だろう?キラキラ



そしてずーっと長い間…皆(あるいは常識)と違う感じ方、行動をしてしまう事を不謹慎だと思っている自分を見つけた。



後日考えていて、つるつる過去が想い出された。

例えばこうだ。
腎臓を患い入院していた子供の頃、点滴をし続ける時もあって、
寝てしまう夜は、針を刺している腕を動かさないようにしないと翌朝大変だった。
私は、それが出来たけど、
隣のベッド(病室は6人部屋だった)の男の子(確か歳はひとつ上だった)はそれが出来ず、
翌朝に、腕がぱんぱんに腫れてしまって…
くすんくすん泣くのが、

可笑しくって!ゲラゲラ(不謹慎でしょ?)

だって〜私達は「絶対安静、面会謝絶」って部屋に閉じこめられて、ただでさえ色々重いのに、世を儚んでか知らんけど、よくくすんくすん泣くお兄ちゃんだったのですよ!
そして仲は良かった。

子供の私は、なぜか爆笑してしまい
まぁ、入院していたストレスもあったかも知れないけど、かなり長く笑いが止まらず、
看護婦さんに、睨まれ続けた。
(人が辛い目にあってるのに笑うなんて…!)
子供の私もそう思ったけど、笑いが止まらなかったんだもん。

もっと過去。

ちょっと他と違う私を気遣った両親は、私に協調性を学ばせる為
ガールスカウトで学ばせる事にしたらしい。
私の抵抗もむなしく、定期的に参加する日々があり、(いつ辞めたか覚えてないが)

ある日、静粛が求められる集会で、退屈過ぎて(だって子供ですよ?)
つま先をぐにくにさせていたら、大き過ぎるスリッパが脱げて、
静寂の空間に、スリッパの底が床を打つパターン…という音が思いのほか大きく響いた。

ザ・不謹慎。

自分の好き嫌いでエコひいきする引率のおばさんに以降、ずっと差別されたなー。

もっと過去。

母が私を扱いづらい、と言っているのを部屋の外で聞いてしまった。

私は、言葉が少なく、
他の子が喜ぶことで喜ばず、
つまり大人が期待する反応を返せなかった。

しかも、子供だからといって、なんで大人の言うこと聞かなあかんのじゃ、と思っていた滝汗思ってたわ…

いつのまにか、養子に出す話まで出ていたらしく…
私の祖父が止めた、と 
わざわざ子供の私にふきこむ大人がいた。


これら(他多数)のことで、周りと違う反応や行動をすることが、
人を不快にさせ、自分の居場所をなくす、
不謹慎なこと。



として、とくに自分の思いや考えを表現することは極端に減っていった。のね…




回想終わり!




なるほどね〜
今だから!言えるけど、
その魔法呪いか?)をかけたのは自分だった…!


壁は自分を守る為だったかも知れないが、
乗り越えるものでもある。
または、破壊しても良いし、
あると思ったけど、無かった!と気付くのも面白い✨アップ


これからは、もっと自由に感じたり、表現することを
自分に許そう。

仲間にシェアしてみよう。

行動する勇気をだして、
思い切り、自分に経験させてあげよう!



そして、その事に気付かせてくれる、
幸せへ導いてくれるのも
自分であるキラキラ
デレデレ