続きます
病気が進行して、9月の初めにはナースステーション横の管理個室に移されてしまいました。
この事が意味することも母はわかっていたのです。
自分の死はもう時間の問題。
呼吸もあらく、この頃にはもう歩けず弱っていて寝返りも困難になっていました。
点滴の入りが悪くなってしまい、首を少し切開し直接薬液を流し込む管を付けました。
個室に移ってから私は病院に許可をもらい、泊まり込むことにしました。それまでは自分の病気のせいで仕事を休むことをきつく叱られましたがこの頃はそれを言わなくなりました。
病院から仕事へ向かい、戻って父と兄が来ている病室に入り、母の夕食と歯磨きの介助をし、薬を飲ませてから自分の入浴と明日の支度をして兄に送られ病院に戻りまた翌朝仕事に行く日々となりました。
この頃の母の問題は、歩行できないためオムツになった事です。どうしてもオムツが受け入れられず排泄を我慢してしまい、つらい日々を過ごしていました。母の希望で小はカテーテルでひき、大は何とか座る姿勢でやらせてほしいと申し出て、病院も協力してくれました。しかし、カテーテルは尿道の強い違和感で1日と経たずに外され、大は結局自然に出すことができませんでした。
ターミナルケアの看護師さんに相談すると「無理もない。元気な人にさぁオムツにどうぞ、と言ってもできるものではない。私もできない」と言われました。そんな母を見るのが苦しかったです。