やっほー!お疲れちゃん♪

なんだか久しぶりの投稿デスネ。

ワタシは何ヵ月か前のとある出来事で、レースに出るもしくは速く走る、長い距離を走るという事に興味がなくなってしまった。

しかし朝ラン夜ランは毎日続けていて、月間550キロー600キロ前後くらいは走っている。
でもそれは練習ではなく、ただただ通勤帰宅のランニングです。

レースに出ないと決めたのに何故そんなに走れるの?と思われるかもしれないが、なんだか毎日、朝の夜にサウナに入っている感じと似ている。

走ること…それは「ととのう」そして仕事をするなり、ビールを飲む。

だからボチボチ走れれば、毎日機嫌も良い。

うつむきながら、心が押し潰されそうな時も、走ってさえいれば、口笛を吹いて、可愛いいあの娘と走るら元気も出てくる。

そして時計もナイキなどのアブリも使わなくなった。 
数字の世界から離れて行った。

数字から離れるとどうなるかというと、自由になる。 

数字に自分のランを合わせていくのではなく、その空間にランを合わせていく。

太陽が昇り太陽が沈む。
草木がカサカサを音を立てて目覚めて、
鳥さん達が大空を羽ばたいていく。
夜になるとお月様が微笑む。

その素敵な時間空間を感じて走ると、俺の暗いめくるめく迷宮も少し光輝いて見える。

朝ランは希望に向かって走り、
夜ランは浄化する為に走る。

この何年間のワタシは強烈な劣等感で苦しんだ。
まさに自分は駄目な人間なんだ。
どうしようもない無力感が自分を襲った。

その逃避の為にランニングをしていた。 

逃避のランニングであるから、
速く走れてサブ3でゴール出来てもまったくつまらないし、
速く走れてウルトラサブ10で走れても、まったく感動しなかった。

しかし闇の中で見る回りのランナーさんはキラキラ輝き、眩しすぎて…羨ましすぎた。

最近、素敵なランナーさんのお話を聞く機会が沢山ある。
その人が何を感じて何を考えて何を訴えたいのか…深く深く思考して、入り込んでいく。

【走る】という行為が、その人の魅力をどう引き立てているのか。

まさにそれはキラキラと魅力輝く世界で、前のワタシだったら、その太陽のように輝く目映い光で、劣等感に苛まれていただろう。

しかし今はもうそんな感覚はない。

輝く事をあきらめた。

ワタシが月夜になれば、誰かが太陽になって輝けると知った。

【dear そこで佇んでいる友へ】

LINEに君が信頼してる友人の動画を張り付けてさ、でも既読にならなくて、もう数ヶ月。

君が作ってくれたデザインを背負って、大きな海原に出て航海を続けているよ。

人生あきらめんの、まだ早いぞ。

絶望の淵でうつむいてないで、
俺もそこにいるから、ビールで乾杯しよう。そしてまた走ろう。

まだまだ浮上できるんだぜ。
でももうそこまで、がんばなくてもいいんだぜ。

誰に見捨てられても、俺は君の才能に知ってるし、信じているし友達だぜ。

先に狼煙を上げているからさ。

君を救いたい。

駅まで迎えに行くからよ。
また会おう。


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