高校のときすごく気の合う友達がいて
休み時間やお昼休みになるとすぐに席の近くに行って
帰りもお互いの部活がないときは一緒に帰って
家は遠かったけど
よく遊びにも行って
とにかく同じ時間を共有したくてしかたなかった。
☆
ある日その友達の家で一緒に宿題をやっていたら
楽しくおしゃべりしながらだったせいか
びゅんびゅん時間が過ぎていき
早く帰らなきゃ
早く帰らなきゃ…
と思っているうちに
名残り惜しくてのぼしのばししていたら
あっという間に
もう日が暮れてしまう、という時刻になった。
その子の家からうちまでは
電車を乗り継いで1時間くらいかかるので
心配したおばさん(その子のお母さん)が
「もううちで夕飯食べていきな。
明日どうせ休みだから泊まっていきな」
と言ってくれて
その子の家で晩ごはんを一緒に食べることになった。
☆
友達も喜んで
「おいしい夕食つくるからね!」と言って
おばさんと一緒にいそいそと台所に立った。
妹が二人いるのだけど
その妹二人もみんな総出で
何やら忙しそうに働いて
「え〜そんな、いいよ、ごちそうにしなくて、、」
と言ったけど
「いいからいいから、座ってて」
と言われて
居間で座布団に座っていると
そのうちお父さんも帰ってきた。
☆
「こんばんは、おじゃましてます」と挨拶をする。
お父さんが帰ってくると
家の中の空気の密度が濃くなったようで
全体がさらに活気づいてくる。
着替えてから居間に戻ってきたお父さんと
一緒に座って少しおしゃべりをしたりする。
そうこうするうちに次々料理ができて運ばれてくる。
運ぶのを手伝ってテーブルに並べていく。
家族が多いので並べるお茶碗の数もたくさん。
うちとは違う。
できたおかずをお鍋から食器に移す音。
できたてのおかずから立ちのぼる湯気。
何かをまたいで運ぶ足取り。
渡したり置いたりするのに伸ばす腕。
「それはこっちに置いて」
「熱いから気をつけて」
行き交う言葉。
にぎやかであたたかい。
☆
もうテーブルに置くところがないくらい
いろんな料理が並んだので
「もういいよ」と言うのだけど
友達は「いいからいいから」と言って
「ほら、玉ねぎ炒め」と私のために
特別料理を持ってきてくれた。
冷蔵庫にあった玉ねぎで何かできないか考えたらしく
玉ねぎだけをさっと強火で炒めて
ソースをかけて味付けしたものだった。
とにかく家にあるありったけの材料で
料理を作って出してくれた
という感じだった。
最後にお椀に
お味噌汁だったかおすましだったか
汁をたっぷり入れたものができてきたのだけど
それが本当に今にもこぼれそうなくらい
お椀のふちギリギリまで注いであった。
私がいるから特別にたっぷりにしてくれたのか
いつもそうしているのかはわからなかったけど
そーっとそーっとこぼさないように運んで
みんなに配られた。
☆
そしてやっとみんな席について
「いただきまーす」となった。
できたてのあつあつのお料理。
お父さんには熱燗。
どれもおいしい。
自分の家のおかずの味付けとは違う。
よその味。
友達が作ってくれた"玉ねぎ炒め"もすごくおいしくて
思わず「おいしい〜!」と口に出した。
☆
おなかいっぱいになるまで食べて
「ごちそうさまでした」。
後片付けを手伝って
そのあとはお風呂にも入らせてもらって
友達のパジャマを借りて着た。
花模様のついたネルのパジャマ。
それから友達がハンドクリームを出してきてくれて
「2種類あるよ。どっちがいい?」というので
"ももの花"って書いてあるのにした。
☆
その後のことはよく覚えていない。
きっと修学旅行の夜のように
いつまでもおしゃべりしていたんだろうな。
あの「玉ねぎ炒め」は本当においしくて
もう何十年もたった今でも忘れられない。
あれからときどき自分でも作ってみたけど
どうしても友達が作ってくれた味にはならなくて
不思議だった。
☆
たとえば"朝ごはん"というと
イメージとしては
だいたいごはんとお味噌汁に
卵焼きとか
鮭や干物を焼いたのとか
洋食なら
パンとコーヒー
ベーコンエッグにサラダ
シリアルやヨーグルトやフルーツ…
そんなに特別な違いがあるわけでもなく
だいたい想像がつく。
"お昼ごはん"は
お弁当だったり
みんなでお店に食べに行くランチだったり
わりと人の目に触れながら食べるので
オープンな存在という気がする。
でも"晩ごはん"は、、、
家族という
限られた人しか立ち入れない場で食べるもの
という気がする。
もちろんレストランとか外で食べる夕食もあるけど
"晩ごはん"という言葉が持つ特別な響きは
それとは違う。
一緒に全員が顔を合わせて食べるのでなくても
『玄関』という関所を
誰にも断ることなく通り抜けて
入ってこられる人だけが食べられる
特別なもの。
その家その家で
違う決まりのようなものがある。
出される料理の種類も違うし
味付けも違う。
よく食べるものと
まったく食べないもの。
大皿からみんなで取り分ける家
それぞれのお皿に盛り付けて出す家。
そこは閉じられた
ある種の秘密めいた場であるようにも思える。
そんな空間に
あたたかく迎え入れてもらったんだなと思う。
☆
昨日の夜はとても寒くて
なかなか眠れなかったけれど
そんなこと思い出していたら
心の中がほんわりとあたたかくなって
いつの間にか眠りについていた。
寒い寒いこの時期になると
ときどき思い出す
あの友達の家で食べた晩ごはんと
楽しい時間。