野茂投手の登板はローテーションの関係で3日後の9月7日が有力。だったらLAドライブは後回しにして、先にサンディエゴまで行こうということになった。しかし、その前にある人物に会う約束になっていたのでロサンゼルス郊外のあるホテルへと向かった。


その人物とは、独特の口調と歯切れの良い解説で人気のあったパンチョ伊東こと伊東一雄氏(故人)である。実は今回の旅を共にした2人と私はラジオ局のスポーツ番組制作のアシスタントをしていて、当時大リーグ解説をしていたパンチョさんに普段からお世話になっていた。


当時野茂投手の登板予定試合のチケットはプレミア化していて、現地ではチケットを入手できないと噂されていた。だからあらかじめパンチョさんにチケットの手配をお願いしておいたのだ。ホテルで朝食をご一緒させて頂いて心温まるありがたいお話をしていただいたのを今でも鮮明に覚えている。


さて、ドライブの話に戻そう。初めて運転した感想は、右側通行というのに慣れるのに時間が掛かった。直線を走行しているときには問題ないのだが、交差点でどうしても左車線に入りそうになる。実際に私も他の友人も車通りの少ない交差点で左車線に入ってしまった。こんなんで無事にサンディエゴに着けるのだろうか。




はじめて運転した車。

次回はサンディエゴに到着。

1995年9月2日、ついにロサンゼルスに到着。空港を出るとどこまでも続く青い空と肌に突き刺さる鋭い日差し晴れ。想像していたカリフォルニアのイメージそのものだった。


慣れている人なら空港でレンタカーを借りて、そのままドライブに出かける人も多いだろう。おそらくほとんどのアメリカ人はそうだし、多くの日本人観光客もそうだろう。私は今回が初めてだったので、出発前、事前に日本の旅行代理店からホテルで借りられるよう手配しておいた。


はやる気持ちを抑え、まずはホテルに直行。長旅で疲れていたので初日は徒歩で市内観光のみ。ホテルの近くにリトル・トーキョーがあったのでとりあえず行ってみた。異国の地に日本語の文字があふれているのはなんとなく違和感。私にとって特別面白い場所でもなくただ食事ナイフとフォークをしただけ。明日は朝からドライブの予定。そのために早めの消灯ぐぅぐぅ


ロサンゼルスで感じたことは非常に湿度が低いと言うこと。ホテルでエレベーターのボタンを押すときや車のドアを開けるとき静電気が走る。日本の9月はまだまだ湿度が高いと言うのに。


次回は、ロスである人物に会う。



私が始めてアメリカをドライブしたのは、今から13年前の1995年までさかのぼる。当時大学3年生だった私は、アルバイトで貯めたお金で中古車を買い、毎日のように車を運転していた。首都圏に住む私にとって、少し走っては赤信号、走り始めたと思ったらまた赤信号という交通事情に嫌気がさしていた。高速道路に乗っても渋滞。なにか面白い場所を見つけても駐車するスペースもない。首都圏でのドライブはだんだんストレスが溜まり、もっと広い場所でおもいっきりドライブしたいと思うようになっていった。


元々、大学では英米文学を専攻していたため、多少のアメリカ文化の知識もあって、最初の海外ドライブの候補地は広大な土地を有するアメリカに固まりつつあった。ただ目的もなくアメリカをドライブするだけだと、旅の思い出も残りづらいので、何かテーマを見つけてからドライブに出かけようと考えた。


1995年といえば、先日カンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約をした野茂英雄投手が、近鉄バファローズからロサンゼルス・ドジャースに移籍してドルネード旋風が巻き起こった年。小学生のころから野球が大好きで、高校では甲子園を目指して毎日練習に明け暮れた身。是非、野茂投手を生で見たいという気持ちが強くなり、友人3人とロサンゼルス行きを計画したのだった。テーマは決まった。生メジャー、生野茂を見る!


次回はロサンゼルスに到着